お祖父ちゃん小話 ―約束―


 蝉の鳴き声が大音量で響く境内。

 夏真っ盛りのお盆。帰省している東雲家の―血の繋がっていない―姉妹は、仲良く畳の上でダレていた。

「あ………暑い」

「クーラー、つけない主義だからねぇ、ここの人達……………」

 金髪碧眼美女の元悪役令嬢であるシャリエールは、ある事件をきっかけに東雲家の養子になった。

 隣にいる黒髪に蒼い目を持つ、魔王の孫であるアンリの妹になったわけなのだが、家族の仲はたいへん良好。

 お盆にシャリエールもそろって過ごしているのは、東雲家が彼女を家族として愛しているからだった。

「シャルちゃーん、アンリー、スイカが切れたわよぉ〜」

 台所で元気に叫んでいるのは、ある意味、東雲家でもっとも権力を持っている女性、アンリの母のマリア。

 つまりシャリエールの義理の母である人。

「いつまでもダレていないで、こっちにいらっしゃぁ〜い」

 娘達のことなど、お見通しの母である。

 二人は顔を見合せくすりと笑うと、

「「はぁ〜い」」

 声を重ねて返事をし、むくりと立ち上がった。

 この暑さのなかで食べるスイカは格別だろう。シャリエールとアンリはいそいそと台所へむかう。

 台所はタイル張りの床で、ひやりと冷たくて気持ち良い。が、ここにいるとマリアに何かと用事を言い付けられてしまうのが難点だ。

「ほら、とぉっても冷えてるわよ。縁側で食べましょ」

 持っていってね、と、にこにこ笑いながらマリアがスイカの乗った盆をアンリに手渡した。

「あ、和孝さんも呼んであげてね」

 和孝はこの寺の住職。マリアの夫でアンリの父だ。

「じゃ、シャルちゃんは父さんを呼んできて。私は縁側にこれ運んじゃうから」

 アンリのそれにシャリエールは「分かりましたー」と玄関に足をむけて、はたと立ち止まった。

「あのー、遥斗さんは? 帰ってきてますよね?」

 遥斗はマリアの父。かつてこの世界に異世界転移してきた元魔王であり、アンリとシャリエールの厳しい上司にして、厄介な祖父である。

「あー、お祖父ちゃんは探さなくていいよ」

「今は引き籠もり中だものねぇ」

 アンリとマリアがそろって苦笑いしながら言った。

「え? 引き籠もり?」

「そうなのよ〜」

「お祖父ちゃん、お盆中は結界張りまくって、籠もるのが恒例なんだー」

「………………はい?」

 何でそんなことを? と首を傾げるシャリエールにマリアは「ふふっ」と笑う。

「何でも、約束したから、なんですって」

「約束ですか?」

「そうそう、お祖母ちゃんとね」

「え、それで何で引き籠もり?」

「ねー? よく解らないよね。母さんは? 知ってるの?」

 アンリも祖父母の約束が何なのかは知らないようだ。

「さあ? 直接、聞いたことはないから約束のことは知らないわ。

 でも結界を張って引き籠もってるのは――――たぶん、会いたくないからなんじゃないかしら」

 マリアの意外な答えにシャリエールとアンリは目を丸くする。

「え? 会いたくないって、お祖母ちゃんに、ですか?」

「そう。お盆は魂が帰ってくる時でしょう? その時に結界を張って引き籠もるってことは、そうなんでしょ」

「えー? あんなに仲が良かったのに?」

 元魔王に愛されていた女の人―母を思い浮かべてマリアは微笑んだ。

 彼女がこの世を去ってからずいぶん経つ。

「色々とあるのよ、きっと。長く生きてるってそういうことよ」

 父の遥斗が何を望んでいるのか、薄々気が付いているマリアは意味ありげにそう言うと、「さぁさ」と手を叩いた。

「スイカがぬるくなっちゃうわ」

 アンリとシャリエールはまた顔を見合わせると「「はぁい」」と声をそろえて返事をした。


 ―――素直で可愛い、本当に良い子達ね。


 マリアの耳にそんな言葉が聞こえた気がして、彼女は目を細めた。

 ほんの僅か、真夏日に通り抜ける涼やかな風のよう。微かな気配にマリアは思う。


 ―――お帰りなさい。


 それも毎年のこと。その魂は未だ約束が果たされることを待っている。

 まったく、死んで会えなくなったって仲が良いんだから、とマリアは内心で笑った。

 引き籠もり真っ只中の、あの頑固者はきっと。今頃この人のことを考えているに違いないと、マリアは確信していた。




 張り巡らした結界のなかで遥斗は座禅を組み、お盆が過ぎるのを待っていた。

 この時の為に準備した幾重にもなる術。これで今年も彼女に会わずにすむだろう。

(まだ、会うわけにはいかない)

 約束を果たすには、今の遥斗は魔力があり過ぎる。

 しかし徐々に衰えている自分の魔力も遥斗は把握していた。まさにそれが遥斗の狙いだった。

 それなりに長く、この世界の均衡を保つ為に使ってきた遥斗の力が、ようやく擦り切れはじめてくれた。

 もっとも、その所為で予想外の事態が―魂だけとはいえ、別世界の魔王の転移を許してしまったりと―起きているが、結果だけを考えれば、まずまあ悪くはない。なにしろ、この世界に聖剣がもたらされたのだ。

 巻き込まれた者は不幸だったが、シャリエールが東雲家の一員になったことも遥斗にとっては喜ばしい。

 なにより、あの件で大幅に自分の魔力を減らせたことは重畳だった。

(あと、もう少しだ)

 この世界に遥斗を引き留めた女性。初めて恋というものを抱かせた彼女。

 だというのに、遥斗を置いてこの世からいなくなってしまった、愛しい人。

(待っていろ)

 己の魔力が使い果たされるまで、彼女には転生してほしくない。まだこの世に未練を残していてほしい。

 それが遥斗の願い。愛しい人である彼女の魂を拒絶する理由だった。

(必ず逢いにいく)

 彼女との約束は、来世のものだ。たとえ生まれ変わっても、己はきっと彼女を愛するだろう。

 また二人で一緒に生きよう。それが彼女、志帆との約束だった。

 だが、遥斗はさらなる野望を持っていた。

(次は、人としてお前を愛するから)

 人に生まれ変わり、人として彼女と恋をして、結ばれたい。それこそが遥斗の望み。

 魔力が底をつき、魂が疲弊し、身体はぼろぼろになって死ぬ。そうなって遥斗はようやく彼女に会えるのだ。それは単なる遥斗の我が儘に過ぎないが。

 志帆は困った顔をしながらも「しょうがない人ですね」と言ってくれる気がする。

 そうだ、彼女は待っていてくれるだろう。あの陽だまりのような温かさで。

 どれだけなじられようと、かまわない。ただ、待っていてほしい。次に会った時、「馬鹿ですね」と言ってくれていいから。

 再び会えたのなら、もうけして離しはしないから。

(あと、もう少しだけ、待っていてくれ)

 いつか果たされる約束を胸に、愛しい人を想いながら、今年も元魔王は結界のなかに引き籠もるのだった。









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