お祖父ちゃん小話 ―春の日に湯飲み二つ―


 ぽかぽかと温かい日差しが、硝子ごしに座敷へと届く。

「良い天気ですねぇ」

 のんびりとそう言いながらお茶を淹れているのは、白髪混じりの老女。

 茶色に絣柄かすりがらを織り込んだつむぎに、市松風の名古屋帯。古風ながらも野暮ったく感じさせないその装いには品がある。

「そうだな」

 対して、仏頂面で応えるのは、彼女の歳には不釣り合いなほどの若い男だ。

 海松色みるいろ御召おめしにベージュの角帯という着物を着てはいるものの、髪はアッシュブロンドでその顔立ちは異国情緒溢れる、美しいものだった。

 奇妙といえば奇妙な光景だったが、二人はごく自然にちゃぶ台を囲んで座っていた。

 老女はこぽこぽとお茶を二つの湯飲みに注いでちゃぶ台に置く。

「桜が咲いていましたよ。見に行きましょうか」

「そうだな」

 お茶をすすりながら、男は頷いた。

「お昼は外で食べちゃいましょうか」

「そうだな」

 また頷く男に老女はふふっと笑う。

「さっきから『そうだな』しか言っていませんね」

「………………そうだな」

 老女もお茶をすする。

「すっかり、春ですねぇ」

「そうだな」

 老女は柔らかな目で男を見つめていた。そんな彼女を、男は春の日差しのようだな、と思う。

 温かくて、居心地が良くて、動きたくなくなる。

「苺大福と桜餅、食べるならばどちら?」

「そうだな……·…··……どちらでもかまわん」

 彼女は「まあ」と少しむくれたような顔をした。

「貴方っていつもそうですね。何を聞いてもつれないことばかり」

 けれどそんなものは、拗ねたフリをしているだけだと、男は解っている。

「どちらでもいいだろう、そんなもの。食べたいなら両方買えばいい」

「私は貴方が食べたいものを聞いているの」

「…………………どちらも同じだろう」

「まったく違います」

「甘味だ。同じだ」

 苦い顔をして男はお茶を飲み干した。そして、立ち上がると部屋を出ていく。

 彼女は別段気にするでもなく、ゆっくりとお茶をすすった。と、彼が部屋にもどってきた。

「なんだ、行かないのか」

 彼が手にしていたのは、薄紅色をした色無地の道行みちゆき。くすりと彼女は笑った。

「貴方の羽織は?」

「いらん。誰に言っている」

 仏頂面をしてはいるが道行を手に待っている男に、老女は湯飲みをちゃぶ台に置いた。

「はいはい、そうですね。貴方には必要ないですものね」

 立ち上がった老女の肩に男はふわりと道行を羽織らせる。

「川辺あたりか」

「ええ、きっと綺麗に咲いていますよ」

 二人は連れ立って玄関へと向かう。

 座敷のちゃぶ台には湯飲みが二つ。春の日差しが優しく包んでいた。









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