第42話 彼女と彼の、


 あー、暖かくて気持ちいーなぁー。

 ぽかぽかとした日差しの中を歩く。近所のスーパーに買い出しついでにお散歩だー。

 お花見したぁい。公園の桜がちらほら咲きかけてたんだよねー。うーむ、一人で花見するのもなんだし、ここは職場で仲良くなった人と?

 穴場を知ってそうな人が何人かいるけどー。むー、遥斗さんに怒られるかなぁー。

 なーんて悩みながら歩いていたら、ふっと何かを感じて立ち止まった。

 あ……………この気配。方角からすると、駅かな?

 うん、本当に諦め悪いね―――――ヒロ。

 だけど、駅の周辺に張ってある察知の術、ちゃんと機能しててよかったー。後で遥斗さんに褒めてもらお!

 対象者の気配を把握できるようになってきたんだから、そろそろ実践にしてほしいんだけどなー。事務仕事、飽きたよぅ。

 私もアンリさんみたいに格好良く仕事したいよー!

 うぅ〜、でも遥斗さん過保護だし、術の腕はまだまだ信用されてないしなぁ〜。

 これでヒロに見つかっちゃった日には………………。

 うん! ここは逃げの一択だね!!

 買い出しは中止。ヒロがこの町を去るまで隠れておきましょう!

 すそそそそ〜、と、気配を消して、人混みに紛れてUターン。危ない、危ない。

 にしても、ヒロってばいつの間にか異世界対策課に就職してるし。しかも、なかなか有能だって聞くし? でもって、私を見つけることを諦めてないらしいし!?

 遥斗さんからそこらへんの事情を聞かされた時は驚いた。

 だって、シャリエールはヒロの人生からは自然消滅だと思ってたからさ。

 もちろん、会いたいって思ってくれたのが嬉しくなかったわけじゃない。

 でも……………複雑なのさ、これでも。

 さよならしちゃった手前、なかなか会う気になれないというか、ぐだぐだーんってカンジ。

 そんな私を見て、遥斗さんは訓練と称して逃走とか痕跡隠す術だとかを指南しだすし。ヒロに見つかったら減俸だ、仕事はさせん! って横暴だー!

 でもさー、正直言ってヒロに見つからないとか、楽勝だと思ってたんだよね!

 タカくくってたって、今は分かってるけど。

 異世界対策課って、あれなのかな? 人間強化するトコなの? 本多さんまで真人間にしちゃうし!

 ヒロはヒロで、どんどん捜索の精度が上がってくし。

 しかも諦めないんだよ! もう諦めようよ! 二年も経ってるんだよ!?

 その二年で着実に私に迫りつつあるんだけどね!?

 あああー、この町に私がいるって、バレてるっぽい。

 そんな気がするだけ? でも、先月も来てたんだよねー。

 あー、どうしよ。引っ越しする? でもお金ないしなぁ〜。

 とりあえず今は気配消してやり過ごそー。と、考えながら帰ってきた、住んでいるマンションの前で。

 え、嘘。何で。

 足が止まった。というか、時が止まった。

 だって。

「やっと、見つけた」

 こちらを認識して、そう言った人――――――ヒロが、いたから。

「…………………………人違いです!」

 叫んで! くるっと向きをかえて! 猛ダッシュ!!

 えーーーー、何で、何で、何でーーーーーー!?

 気配しなかったよ!? ってゆーか、最初に感じた気配はまだ駅の方角にあるんだけどっ!?

 はっ!? まさか、ダミー? やるな、ヒロ!

 ちゅーか、本気だねっ!? だから、そりゃー追ってくるのも当然だよね!?

「人違いなわけあるかぁっ!!」

「お、女の人を追いかけまわしちゃいけませんっ!」

「逃げるからだろっ!!」

「追われてるから、逃げてるのーーー!!」

 嘘じゃないやい! しつこく探すからだー!!

 逃げる私の後ろから。

「嫌いかっ!? 顔も見たくないくらいっ!!」

 切なくなるような叫び声が聞こえた。

 そんなの、ズルいよ。

 んなわけ、ないじゃん。嫌いになんてなれるわけない。だから逃げてんのに。

 つい足を止めてしまった私に、ヒロは距離を開けたままだ。

「シャル…………………俺が、嫌いか?」

 だから、ずるいって。そんなこと聞かないでよ。黙るしかないんだから。

 ヒロの気配が近づいてくる。でも、足が動かせなくて。

 ついにがしっと腕がつかまれて、振り向かされる。……………って、え、何、その笑顔!?

「よし! 確保!!」

 いやいやいや、待って待って待って! さっきの切ない声はなんなのさ!?

 よし! もう魔法、使っちゃ、え?

「魔法耐性強化の呪符は装備済みだぞ?」

 にやりとヒロが笑う。え? 何で思考が読めるの?

 しかも魔法耐性強化って、どこでそんな物…………あ!? カズタカさん!? カズタカさんがほだされた!?

「ちなみに、マリアさんがくれた捕縛呪符も持ってるぞ!」

 駄目押しっ!! 捕まえる気まんまんだね!?

「何で、そこまで!」

 思わず叫んでしまった私に、ヒロがきっぱりと言った。

「お前に、どうしても会いたかったから」

 直球! あのね、ちょっとはこっちの心臓のことも考えてくれないかな。

「無理やり捕まえてでも?」

 嫌味に聞こえるように言えば、ヒロは真剣な顔で。

「こんなことするのは、一回だけって決めてる」

 じっと私の目を見つめた。

「一回だけだから、逃げないで話を聞いてくれ」

「…………………分かった」

 しぶしぶ頷くと、ヒロはつかんでいた私の腕を放した。

 一回だけというのは嘘じゃなさそう。それが少し寂しい…………って、思ったらダメ! 遥斗さんに意志が弱いって怒られるぅ!! 気持ちを強く持てー。

 なんて心の中で繰り返している私の前で、ヒロは何か小さな箱を取り出して、パカッとそれを開けて………………ふぁっ!? 何コレ??

「東雲シャリエールさん、俺と結婚してください」

「…………………………………………はい?」

「おい、それ返事だって受け取るぞ? 了承って解釈するぞ? いいのか?」

「いやいやいや、違う違う違う! じゃなくて、え? 何? 何で? あ、ドッキリ? そっか! 冗談!!」

「冗談で給料三ヶ月分使えるか。これ本物。本当のプロポーズ」

 ヒロが手にしている箱にはキラキラした石がついてる指輪が…………ゆび、わ? プロポーズ…………これって、婚約、指輪?? は????

「はいぃぃぃぃぃぃぃっ!? 狂った!? 頭、おかしくなっちゃったの!? 病院! 病院行こう、ヒロッ!!」

 頭が真っ白になって悲鳴に似た声上げちゃうよ! だって、そうでしょ!? こんなのおかしいって、絶対!!

 なのにヒロはさらにトチ狂ったのか、そんな私を引き寄せて抱き締めるし!!

 何を考えて! いや、これはもう病院だよね!? MRI撮ってもらわないと!!

「………………名前、呼んで、俺の」

 は? 名前?

「ヒロ? って?」

「うん。もっと」

「あ、あのね? ちょっと、これっておかしくない? ねえ?」

 うっかり抱き締められたまんまになってるけど、なんかこれってマズイ気がする。

「もっと、呼んで。会いたかったんだ、お前に。シャルに」

 は、話が! 噛み合ってない上に意味不明!!

 ……………………なのに。

「呼んで、くれよ」

「……………………………ヒロ」

 あ、これ、もう無理。逃げらんない。

「シャル、シャリエール、俺、お前のことが好きだ。傍にいたい」

「――――ッ、そんなセリフ、どこで覚えたのっ!?」

「本多さんとアンリさんに仕込まれた」

 待って! 身内、敵だらけ!! 周りが皆、囲い込まれてるっ!!

「俺のこと、嫌いじゃないなら――――好きってことか?」

 あざといっ! あざとすぎるっ!! いつの間にこんな男になったの!?

「好きって、言ってくれ、シャル」

 ぐーあー。は、遥斗さんに怒られる! 減俸確実、仕事が減らされるー………はッ、まさか、これ見越してヒロに見つかったら仕事させない、とか言ってたんじゃっ!?

 あー、ああああー。もうダメ、降参。

「………………………好き。私も、ヒロが好きだよ。決まってるじゃん」

 観念します。てゆーか、自分の浅ましさを思い知りました。

 私、ヒロに追いかけてきてほしかったんだなー。

 頼子じゃなくて、今の私、東雲シャリエールを好きだって言ってほしい。そうじゃなきゃ嫌。

 なんて我が儘。

「手、出して」

 身体を離してヒロが私の顔を覗き込む。

 私は素直に出した――――左手を。

 ヒロがふっと笑って、その手の薬指に指輪をはめた。

「もう、逃げるなよ?」

「逃げない、よ。でも…………覚悟した方がいいのはヒロだからね? 最強のお義父さんとお義母さんなんだから」

「そこは心配してない。ただその上の人が、まだ説得できてないのが、ちょっと」

「あ……………それは私も覚悟がいるかも」

 うーあー、遥斗さんは色々試す! 絶対、何かしてくるっ!!

 最終的には許してくれるって分かってるけど! その前に試練があるに決まってる!!

「けど、諦めない。シャルが、選んだなら」

「うん――――私も、頑張る」

 指輪をはめた手を握り、ヒロがもう片方の手で私の顎をそっと持ち上げたから、自然と目を瞑った。

「誓う」

 囁かれた言葉を信じられる。

 だってヒロは私の大好きな人だもん。

 私はこの人と一緒に生きていくんだ。これからも、ずっと。

 唇には柔らかな感触。頭が痺れるくらいの幸せに。

 あぁ―――――やっぱ、ザマァなんてしなくてよかったーーーーー!!

 と、思った転生悪役令嬢でした。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る