第41話 彼の答え


 どんなに苦しくても、どんなに忙しくても、日々は過ぎていく。

 今日も今日とて、仕事に追われ、帰宅するなり俺はソファーに倒れ込んだ。

 疲れた。もう何もできない。したくない。つーか明日は休みだし。もー寝る。このまま寝る。

 ……………………スーツにシワがよるか。

 とりあえず着替えだけでもしよう、と、なんとか気力を振り絞って立ち上がる。

 脱いだスーツをハンガーにかけ、シャツを洗濯機に放り込んで、やっとベッドにたどり着いた。腹減った。でも、寝る方がさき。

 明日もやらなきゃいけないことがあるし。

 というか、俺の休みは、だいたいがそれに費やされているんだけど………眠い。寝よう。

 それ以上は考えられずに、俺は眠りに落ちた。






 そして――――ピピピピピッ、ピピピピピッ、と携帯電話のアラームがいつも通り、起きる時間を知らせてくる。

 俺はもぞもぞと携帯電話を探し、アラームを止めて落ちそうになる目蓋をこじ開けた。

 どんな日々を過ごそうと、こうして朝はやってくる。

 きっと、彼女にも。

 寝ても疲れがとれきっていない身体を無理矢理に起こして、俺は机の上を見た。

 今日はどこを捜索する予定だったっけ?

 ああ、そうだ。前に行ってみた町にもう一回行ってみようとしてたんだ。

 だけど、まずは飯。腹がすいてはなんとやら、だ。

 そういや昨日の帰りがけ、アンリさんが「せめてこれくらいはお腹にいれておきなさい!」って、何かくれたな。とりあえず、アレを食べよう。

 帰ってきたままにしてある荷物をあさって、ゼリーをパックしてあるカロリー何ちゃらを口にくわえる。ああ、他にも固形のとかもくれたんだ。相変わらずアンリさんは面倒見がいいな。

 今では職場の先輩でもある彼女には、お世話になりっぱなしだ。

 まあ、俺より本多さんの方が迷惑かけ倒している、か? いや、なんの力もない俺が異世界対策課にいるだけで負担なのかもしれないが。

 アンリさんはよく俺や本多さんに嫌気がささないな。本当に優しい人だ。

 けど、上司がアレだしな。しかも、そのアレな人が祖父だもんな。

 アンリさんはそこらへんに気を使ってるのかもしれない。

 でも、そのアレな上司―遥斗さんに頼み込んで、異世界対策課で仕事をさせてもらっているのは、他でもない俺だ。

 俺は絶対に異世界対策課と縁を切るわけにはいかなかったし、仕事をさせてもらえるならなんだってする気だった。

 まさか正式に採用してくれるなんて思ってもいなかったから、なおさら頑張らなくてはならない。

 それもこれも、全ては彼女―――――シャリエールを見つける為だ。



 頼子の告別式があった日。

 丘の上のベンチで話した、あの時を最後に、シャルは俺の前から姿を消した。

 魔法で眠らされたと分かった時、嫌な予感はしていたんだ。残されていた頼子の遺品にも。

 その予感はアパートにもどってきて、はっきりと確信に変わった。

 シャルの荷物が全て持ち去られていたから。

 アンリさんに聞いても、マリアさんのところに訪ねていっても、無駄だった。

 彼女は消えた。たぶん、彼女の意志で。

 ………………俺に二度と会わないつもりで。

 それがはっきりと分かった。俺の手に残された、頼子の遺品―――彼女の手帳から。

 それは頼子の学生手帳、前にシャルが『お守り』だと言っていた手帳だ。

 手帳には頼子の思い出と、頼子がどれだけ俺を好きだったかということが書き綴られていた。

 でもこの手帳は、真の意味で『頼子の手帳』ではないんだ。

 俺は一回だけ、この手帳を読んだことがある。頼子と付き合っている時に、だ。

 こっちが恥ずかしくなるくらいストレートに綴られた言葉に、照れくさくてずっと覚えていないフリをしていたけど、本当はちゃんと覚えていた。

 だから解る。どれが頼子の書いた言葉で、どれがシャルの書いた言葉か。

 字のクセもまったく同じだけど、俺には見分けることができた。

 シャルが書いたものはメモ書きが多く、ページもバラバラに書いてある。

 でも、その中に。

 頼子のポエムに紛れこませて、書かれていたシャルの言葉。

 それを見つけた時、俺は泣きそうになった。


『貴方は私を本当の私にしてくれるから。出会わなければよかった、なんて、死んだって思わない。』


 シャルの言葉だ。これを書いたのは、シャリエールなんだ。

 そして、この手帳を俺に残していったのも彼女なんだ。いや、彼女は捨てていったんだ、この『お守り』を。

 シャルは俺と会うことを望んでいない。それは明白だ。分かり過ぎるくらいに、分かっている。

 手の平からこぼれ落ちてしまった、大切なもの。もとにもどらないものは、絶対にある。

 俺はそうなって、やっと自分の気持ちを思い知った。カズタカさんが言っていた、絶対に手放してはいけない、想いってやつを。

 大切なものは失ってから気付くっていう、あれだ。

 俺は机の上にある手帳に手を伸ばした。

 これは今ではもう、俺の『お守り』だ。

 ―――――彼女に会いたい。

 今、どこで何をしているのか、何を思っているのか、知りたい。

 それは全部、俺のエゴだ。そうと分かっていながら、俺は彼女を、シャリエールを探している。

 おそらく遥斗さんは彼女の居場所を知っている。だけど、しかめっ面で「自分で見つけろ」としか言わない。

 本当にアンリさんが言う通り、頑固ジジイだ。シャルのことが本気で大事なんだろう。

 つまり、見つけだせない程度の男にはくれてやれないってことだ。

 カズタカさんはすごいな。あれを納得させたんだから。でもって、そのカズタカさんからは「諦めたらダメですよ」と応援されている。

 そうだ、諦めたらダメなんだ。

 大切なものは失ってから気付く。だったら、今この手の中にある、気付いていない大切なものだってあるはずなんだ。

 絶対に、この想いは手放さない。

 そう誓って、俺はいつものように鞄に手帳をしまうと、彼女を見つける旅の支度をはじめた。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る