第39話 彼の叫び
急速に力が抜けていく頼子の身体。
解りたくもないのに、それが頼子の身体の限界だと解ってしまう。
「頼子! 頼子ッ!!」
俺は必死で名前を呼び続けた。それが、繋ぎ止める唯一できること、みたいに。
でも、彼女は動かなくて。
解りたくない! なのに。
「飯田頼子の身体から離れろ、小僧」
ぞっとするくらい冷たい声に震える。
「―――嫌だ」
俺は彼を睨んだ。
元魔王だろうが、なんだろうが、知ったことか。気に入らないなら、俺も殺せばいい。
「どけ」
でも抵抗も虚しく、俺は頼子から引き剥がされた。
くそったれ! 何で、頼子が死ななくちゃいけないんだ!!
憎しみにも似た感情が沸き上がる。しかし、彼はこちらを見もしない。
「いるんだろう? 出てこい」
虚空にむかって彼が言葉を投げかけると、それに答える者がいた。
「やーだなー。終わっちゃうじゃん」
聞き覚えのある、ふざけた口調。アレだ。干渉者と呼ばれている者。
何だ? 何をする気なんだ? 終わりって、何が?
だけど、そんな俺の疑問などそっちのけで話は進む。
「ああ。もう茶番は終わりだ。だがな」
「うん?」
「この娘は二度の死に耐えねばならなかった。その落ち度は貴様にある。違うか」
「それはそうだねぇ。でも、君にだって落ち度はあるよね?」
「もちろん、そうだ。だから、魔力はくれてやる。それでどうだ?」
干渉者と呼ばれている者は少しだけ沈黙したが、肩をすくめた。
「やれやれ、こんなことするなんて、私も落ちたもんだねぇ」
だがその声は穏やかだった。
「分かった。君の魔力を使って、その子をこの世界に定着させる。それでいいんだろ?」
「ああ」
待て。その子って、どの子だ? 何の話をしてる?
しかし、それもすぐに判明した。
「にしても、過保護だねぇ。こうなるまで名前も呼ばないなんて」
「守るのは当たり前だ。戸籍上とはいえ、この娘――――シャリエールは私の孫だからな」
彼らがなんとかしようとしているのは、シャリエールなのだ。
けれど、俺には分からない。
「この世界に定着させるって、どういうことだ?」
それに過保護って?
確かに彼―アンリさんの祖父だとかいう人―は、シャルのことをずっと「小娘」と呼んでいたけど。それに意味があったのか?
と、干渉者がずいぶんと愉快そうな口調で説明しだした。
「シャリエールって存在は、本当に不安定なものだったんだよ。
そもそもが、この世界に存在しない人間だしね。でもって飯田頼子はさっきまで、この世界の理では『死んでいない存在』だった。
頼子とシャリエール、二つの身体に引っ張られて、魂が磨耗して、いつ消えてもおかしくなかった。
それこそ、元魔王なんて存在に名前でも呼ばれたら、消し飛んじゃうくらいに危うい存在なんだ」
だから彼はずっとシャリエールに接触しなかったし、名前も呼ばなかった、と。
「でも、ちゃんと見守りぬくのが厄介だよねー。それも飯田頼子として蘇らせないところとか。ほんと、面白くない」
「これ以上、貴様の玩具にはさせん」
玩具? シャリエールが? だったら、頼子は?
駄目だ、うまく頭が回らない。
「だが……………やはり難しいか。魂が飯田頼子の身体からもどってこない」
そのイラついたような彼の言葉に俺はハッとした。
魂はまだ、頼子の身体にあるのか?
「そりゃ、飯田頼子の身体は親和性が高いからね。いくら君や私がシャリエールの身体を定着させても、なかなかこちらには移れない」
彼らは彼女を救おうとしている。そして、その魂が頼子の身体にあるなら!
「だったら、頼子を!」
もしかしたら、という淡い希望にすがって俺は彼らを見つめた。
しかし、そんな俺に返されたのは。
「飯田頼子は死んだ。このままこちらの身体に魂がもどらなければ、通常通りの輪廻に乗るだけだ」
冷たく厳しい現実だった。
それは、どう足掻いても頼子はもどらないということ。頼子が生きる未来は、永遠にない、ということだ。
解った瞬間、また怒りが込み上げた。
「アンタ達はっ、頼子を、何だと思ってっ!!」
何で、助けてくれないっ! 力があるくせにっ!!
何で、見殺しにするんだっ!!
叫ぶ俺に、容赦なく現実が告げられる。
「飯田頼子は、人を超越した存在の厄介ごとに巻き込まれた、ただの死人だよ」
「そして―――――死んだ者は、蘇らない」
それらが正しいと、理性では分かる! 分かるけどっ!!
こんなの、あんまりだ!! 何で死ななくちゃいけないんだ。
さっきまで、動いてたんだ! 喋ってたんだ!! なのに!!
「そーれーにーねー? 選んだのは、彼女だよ?」
干渉者が歌うように言った。
「色んな選択肢があった。もちろん異世界でザマァしてハッピーって道もあった。頼子として復活する道もね。茨の道だけど。
でも、彼女はそのどれも選ばなかった。こうなることを、選んだんだよ」
そんなことは解ってる。
アイツが選んだってのはっ!!
「だからこそ、彼の魂を消したくないと願う。
小僧、いや、加納弘一、貴様の力が必要だ」
冷たく厳しい瞳が俺をじっと見て、それから彼は頭を下げた。
「貴様にしかできない。魂をこちらに呼んでくれ。――――頼む」
驚きのあまり、何を頼まれたか分からなかった。
俺にしかできない? 消したくないって、頼子は死んだのに?
上手く理解できないでいる俺に、アンリさんが涙声で叫んだ。
「弘一君! 複雑なのは分かる!
でも、シャルちゃんを助けられるのって、弘一君しかいないんだよ!! シャルちゃんを助けてよ!!」
俺が? 助ける? シャルを?
まるで眠っているかのようなシャリエールを俺は見た。
彼女は、頼子であって、頼子じゃない。シャリエールはシャリエールで。
頼子が生き返るわけじゃない、のに。
ぐっちゃぐちゃの頭のなかで。それでも何かを求めて。俺は震える手でシャリエールに触れた。
……………………温かい。
生きてる、と思ったら、ツンッと鼻の奥が痛んだ。
生きてる。彼女は、まだ生きてるんだ。そう思ったら、叫んでいた。
「シャ………ルッ、シャルッ! シャリエールッ!!
もどってこい! もどってこいよ!! お前はっ! 生きるんだよッ!! 生きて、るんだ、お前はまだッ!!」
何が正しい、とか、どんな気持ちが一番強いだとか、そんなことは分からなかった。
ただ心のままに叫んだ。
「生き、ろ、よ………………死ぬ、な、ここで! 死ぬなよッ!! シャリエール!!」
涙で鼻も喉もつまる。息が、苦しい。
でも俺は声の限りに叫んでた。
「……………………ヒロ」
声が、聞こえた。
頼子の声じゃない。でも、聞き覚えのある、彼女の声。
「ばか、お前…………」
「うん。ごめ、ん」
「謝んな、って、言っただろ」
「うん――――――ありがと」
シャリエールは頼子じゃない。それでも、腕の中から聞こえた言葉は彼女そのもので。
俺は彼女を抱き締めて、泣き続けた。
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