第38話 彼女の死


 なんとなく解ってはいたんだ。遥斗さんが私を―魂を―頼子の身体に入れっぱなしにするわけがないって。

 正確には、頼子の死をなかったことにはさせない、って。

 頼子は本来なら死んでいた。今のこの状態は時間を巻き戻した紛い物の生だ。

 そんな理に反するものを遥斗さんが許すはずがない。

 だけど、ヒロがそれをここで受け入れられるはず、ないよね。

「ちょ、と、待ってください」

「待たん」

「でも! 頼子は、ほら、生きてるじゃないですか! 何で、ッうぐっ!!」

 ヒロに突進して、その胸にガツンと飛び込む!

「ごめん、ヒロ。いなくなって、ごめん。死んじゃって、ごめん。頼子として生きられなくて、ごめん」

「謝るな!!」

 だったら、そんな辛そうな顔しないでよぅ。なんて、無理だろうけど。

 うん、分かってる。ヒロは泣くよね。だから謝りたくなっちゃうんだけどね。

 でも、代わりの言葉も、もう分かってるんだ。

 私は精一杯に手を伸ばして、ヒロの頭を抱き締める。

「ヒロに出会えて、幸せだった。いっぱい遊んで、笑って、喧嘩もしたけど、それも全部全部、大事な思い出だよ。私、ヒロが大好きだった」

 頼子の身体で、頼子の声で、ヒロに伝えなくちゃいけないこと。

「好き。ヒロが、好き。生まれ変わったって捨てきれないくらい、ヒロが好き」

「………………俺、も、好きだ。頼子が、好き、だから」

「ごめん」

「何、で」

 泣いてる。ヒロが泣いてる。

 もぅ、どうして私ってこうなんだろ。

 このままずっと、ヒロの腕のなかにいたいって思うのに。

 ヒロの悲しみを、取り除いてあげたいって思うのに。………………選べないんだ。

 だって頼子は死んだって、分かっちゃってるんだもん。それは覆せないんだって、知っちゃってる。だから、選べない。

 根性なしなのかな。もしかしたら、薄情なのかもね。ごめんね、ヒロ。憎んでいいよ。

「遥斗さん………………お願いします。頼子の時間を、進めてください」

 本当なら、魔王がこの身体から出ていった瞬間から、時が進むはず。でもそうなっていないのは、たぶん遥斗さんが時を止めてくれているから。

 ちゃんと、私が別れを言えるように。

 私の震えるそれに、遥斗さんが頷いた。

「何で!!」

 ヒロが私の腕をほどいて怒鳴った。その顔は本気で怒っているって見て分かる。

「死んだの、頼子は。ううん、違うかぁ。死ぬ、んだよ」

「そんなの!!」

「分かるよ、今。ほ……ら…………」

 激痛が走って、身体が崩れ落ちた。

 知ってる。この痛みを、私は知ってる。だって、二度目だもん。

 どんどん視界が狭まる。でも、最後まで見ていたい。ヒロを、見てたいよ。

「頼子! 頼子!! ッ、救急車! 今、呼ぶからっ! それなら助かるっ!!」

「ダ………メ………………」

 ヤだよ。いなく、なんないでよ、ヒロ。

 残っている力を総動員してヒロの服をつかむ。

 いて? ねぇ、傍にいてよ。お願いだから。

「何で」

 涙でぐちゃぐちゃなヒロの顔に、私は頑張って微笑んだ。

「ヒロ………が…………………」

 でも、それも、もう限界。

 ごめんね、ヒロ。

 もう一度だけ謝って――――――私の意識は闇に落ちた。






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