第36話 彼女の身体


 予想はしてたけど、やっぱりそこは悪夢そのものだった。

 つまり――――彼女がいたわけ。

 机のようなものの上に被せられた緑のシート。そこに仰向けに横たえられている身体。

 飯田頼子だ。

「…………………頼子」

 ヒロの呻き声が聞こえた。たぶん、すぐにでも駆け寄って確かめたいだろーなぁ。

 だけど遥斗さんが私達を制止している。その理由も、なんとなく分かるけど。

 だって、ここがあの悪夢そのものなら。

「あぁ――――面倒だ」

 横たえられている頼子の身体は動いていない。もちろん、その唇も。

 けれど、その声は頭に響くように聞こえた。

「まったく…………なかなか事が進まぬのは、邪魔されている所為かと思っておったが、それだけではなかったわけだ。

 気付くまでにずいぶんとかかったぞ」

 そう聞こえた後、頼子の顔がぐるっとこちらを向いた。そしてぱかりとその目を開く。

 瞳孔が開き切った、まるで生気のない瞳だった。

「だがしかし、ようやっと完全なる融合が叶う」

 頼子の姿をした、何かがそう言った。

 というかね? 今、融合って言いました?

 つまり、人の身体を乗っ取ろうとしてたってこと?

「そこにおる魂が、この身体の持ち主か」

 ニタリと彼女の口角が上がった。

 よからぬこと考えているって丸分かりだね! これぞ悪役!! 元、私の顔ですけどねっ!?

 って、動いたっ!? 今、頼子の腕、動いたよねっ!?

 まるで何かに吊されているみたいに、頼子の手がツーッと持ち上がる。

 あ、これってアレだよ、ホラ! ゾンビ映画にありがちなっ!!

 戦慄が背筋に走った瞬間、頼子の身体がガバッと上半身を起こした!

 でもって、その勢いのまま、ガタンッて地面に落ちたぁ!!

 あああああ、これってくる! あの人、きっとくる!!

 落ちた体勢のまま、ぐりんっと顔だけをこちらにむけて、彼女は笑った。

「そこの魂を手に入れれば、この身体は完全に我のものになるわけだ」

 ぎーやーぁ! やっぱりぃぃぃぃぃ!!

 こっち目がけて跳躍してくる彼女に思わず仰け反るっ。

 だけど、そんな私と彼女の間に割り込んでくれた人が!!

 その人がぶんっと何かを振って彼女の進攻を阻んでくれた、んだけど。

「えええっ!? 勇者のお兄さんっ!?」

 何で貴方がここにいるのーーー!?

って、びっくりしていたら、アンリさんの声が響いた。

「本多ァ、キリキリ働けー!」

「うるせぇーッ! 今、やってるッ」

 あ、お兄さん、本多さんっていうんだ!

 ありがとう、本多さん!! そして、異世界対策課の使いっぱしりにされてるんですね!?

 本多さんの手にあるのは、よく見たら聖剣エクスカリビャーだ! どうも彼女は聖剣の放つ光が苦手みたい。流石、トンデモな名前でも聖剣!!

 顔を歪めて彼女が本多さんに問い掛けた。

「我の邪魔をするとは、何者だ?」

「こう見えて、勇者だ!」

 その発言に、彼女の顔がそれと分かるほど険しくなった。

「勇者? 貴様、今、勇者と名乗ったか?」

「そうだ! この世界じゃただの出向のおっさんだけどな!!」

 何か開き直ったたくましさを感じますよ、本多さん。もしかして、アンリさんや遥斗さんに鍛えられたのかな?

 感心してたら、彼女がいきなり激昂した。

「ああ、またか! いつもいつもいつも、勇者が我の邪魔をするっ!!

 魔物の王となっても! 蹴落としにくるっ!!」

 でぇーーーーーっ!? この人、まさかの魔王!?

 どーりで事故の痕跡が分からなくなってるはずだよっ! 上位種族だもん!! そりゃー魔法も桁違いってもんだ!

「勇者め!!」

 増悪の炎をたぎらせて、彼女は標的を本多さんに移したみたい。

 ありがとー、本多さん! さすが勇者だね、本多さん!!

「私もいるよっ? 魔王サマっ!」

 アンリさんの言葉と同時に、パシュッという音と共に光が走る。アンリさんの術かなっ!?

「くぅっ、小癪な!!」

 忌々しそうに彼女が動きを止めた。

 その様子に遥斗さんが本多さんに指示を出す。

「おい、そこの出向勇者。身体は切らずに、あの中身の核だけを切れ」

「んな、高度なことをッ!」

「やれ。失敗したら社会的に抹殺するからな。できなくても、やれ」

「悪魔か、アンターーーーー!!」

 遥斗さんに睨まれて本多さん涙目だ! ガ、ガンバ!!

「わぁかったよぉぉぉぉっ!」

 アンリさんが彼女を足止めしている間に、本多さんは集中するように聖剣を構える。

「っ―――――でぇりゃあぁぁぁぁぁぁっ!」

 光が一閃、辺りを切り裂さいた!!

「っつ、な、あッ!」

 本多さんの振るった聖剣は彼女の身体には触れていない。けれど、刃から繰り出された衝撃波は、確かに彼女の身体を切っていた。

「やればできるじゃないか、出向勇者」

「出向いうなぁぁぁぁぁっ!」

 でも、すごい! 見た目には外傷ないけど、苦痛に顔を歪める彼女は相当なダメージを負ってるみたい!!

「ぐぅぅぅっ、だが! この程度で我を倒せると思うなぁっ!!」

 ぎゃっ!? 何か、すっごいヤバげな気配っ!

 彼女の胸の辺りから、黒いモヤみたいなのが渦巻きながら出てきたよっ!?

 あれってマズいよね? 私とヒロは完全に死にますよ!? 防げる気がしないもん!!

 でも、この状況でまったく動じてらっしゃらない方がいたーーーっ!

「では、どの程度で倒せるのか、やってみよう」

 凄まじい魔力渦巻く彼女を前にして、遥斗さんが不敵に笑う。

 いや、本当にっ! 遥斗さん、貴方、いったい何者なんですかーーーーーー!?

 東雲家最強はこのお祖父ちゃんだ! と、義理の孫がはっきり認識した瞬間でありました。







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