第35話 彼女の役目
さて、遥斗さんに連れてこられたのは閑静な住宅地だった。
本当ーっに、事故現場から近い。こんな近くだったら、犯人はびくびくもんじゃなかろーか。
あー、でも外観からは夢に出てきたガレージかは分からないなぁ。
辺りを見回して首を傾げていた私を、遥斗さんが手招きした。
「こっちだ」
指定されたのは、ごく普通のお宅のガレージ前。でも、遥斗さんが指し示した場所に立つと、ぴりっと静電気にも似た何かが肌を撫でた。
「手を前に出せ」
遥斗さんに言われて、恐る恐る手を出したら――――バチィッ! と衝撃がきた。
う、地味に痛い。
「今の場所が境界線だ。そこに手を出していろ」
えええー、痛いんですけど。
と思ったら、アンリさんが隣にやってきて、私の手の甲に御札をペタッと貼りつけた。そして手をそっと添えてくれる。
「大丈夫。絶対、守るからね」
そしてアンリさんは囁くように、早口で何かの言葉を紡ぎだす。
空気がビリッと震えた。
ッ!? 熱ッ! 手の平がどんどん熱くなるっ。
でもって、あの衝撃のあった場所が徐々に歪んでる?
その歪みが広がって――――そこに、おもむろに遥斗さんが手を突っ込んだ!
バチバチバチッ! と、凄まじい音が響く。けど、遥斗さんは涼しい顔のまま手をその空間にねじ込んでいく。
って! あきらかにスーツの袖が焦げてるっ!!
遥斗さん、腕! 腕、大丈夫ですかーっ!?
「人の心配はしなくていい。小娘、貴様は自分が怪我をしないように気を付けていろ」
読心術ですか!? 遥斗さん! でも、ごもっともー!!
前を向いて自分の手の平の熱に集中する。これ、たぶん動かし間違えたらダメなヤツだ。
慎重に、慎重に、徐々に熱で溶かしていくみたいに歪みを広げてく。
その薄くなった所を遥斗さんがバリバリッとこじ開けて――――ついに、パリンッと何かが砕ける音が聞こえた。
その音に、遥斗さんはすっと前に進み出ると―――――――ガシャゴンッ! と、ガレージのシャッターを蹴りましたよ!?
遥斗さん、豪快ですね!? べっこりヘコみましたよ、シャッター!
しかも下の空いた隙間に手を入れて、ばっきんべっきんと無理矢理に押し上げてます!
もはやこれって壊してますよねっ!? 器物破損に不法侵入ってことになりやしませんかーーーーー!?
人の目が皆無ってわけじゃないのにっ! て唖然としてたら。
「小娘、来い」
遥斗さんに呼ばれてしまった。
だ、誰も見てないよねっ? と、キョドりながら踏み込んで。そこで気付いた。
自分と遥斗さんがいるここは、道路側とは違う世界だって。
ここが、結界のなかってこと?
「しっかり気を持て。呑まれるなよ」
遥斗さんの言葉にごくりと喉を鳴らす。
破壊したシャッターの間から見えるのは――――あの悪夢の現場。
立ち止まってしまった私の手に、温かいものが触れた。
「………………ヒロ」
手を握ってくれた人の名前を呼ぶ。
無言だったけれど、ヒロは隣に立ってくれた。
だから私は、前を向いてその一歩を踏み出せた。
あの悪夢が現実になる、その一歩を。
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