第33話 彼女の真意


 悪夢で寝起きは最悪。でも転んでもタダでは起きぬっ! 飯田頼子を発見する糸口はがっちりつかみましたよー。

「頼子を見つけたって……………どこにいるのか分かったってことか!?」

「あ、言い間違い。見つける手がかりを見つけた、だ」

私は慌ててヒロに訂正する。

「手がかり?」

「うん。でもって、アンリさんならその手がかりから頼子の居場所を特定できるんじゃないかなーって」

「何が分かったんだ」

「んーと、頼子をひいた車のナンバー」

「……………はぁっ!?」

 悪夢のなかで見た車。必死で覚えたナンバー。やればできるんです、私の脳ミソ。

 いや、夢の情報だから真実とは限らないんだけど。アンリさんなら調べられるかなーって。

「それ、確かか?」

「たぶん、ね」

 とりあえず着替えをすませて、さて、お電話、と思ったら。

「シャルちゃんッ!! 無事!? 無事なら出てきてーーーっ!!」

 まさかの、アンリさんからの訪問!

 しかもガンガン扉ぶっ叩いてます。あのぉ、ピンポンありますヨー。

 でもこの焦りよう。あ、もしかして、私の状況を知っちゃった? でもって、超心配されてる!?

 って気付いて、速攻で玄関を開けました。

「シャルちゃんっ!!」

 私が外に顔を出した瞬間、ガバッとアンリさんに抱き締められた。

「大丈夫? 痛いところ、ない? あるなら言ってね?」

「あ、今のとこ、ありません。

 でも―――アンリさんがそう聞くってことは、危ないってことですか?」

「………………分かってるんだね。うん、正直に言えば、ちょっと危ない。

 でも! そんなこと、絶対にさせないんだからっ!」

 がしっとアンリさんは私の顔を両手で挟み込んで、こつんと額を合わせる。

「うん――――まだ、完全には繋がってない。これなら、身体には影響しない、はず」

 でもそう言いつつ、アンリの表情は晴れない。

「だけど、それも時間の問題なの。それに、シャルちゃんには」

「こうなってもらわないと、困るんですよね?」

 さっきアンリが口にした『完全には繋がっていない』状態。

 それが、事態の解決には必要。

「そこまで分かっているのなら、協力するのだろうな?」

 アンリさんの後ろから低い声が聞こえてきた。

「いきなり本題ぶつけるとか、デリカシーがない!」

「デリカシーを気にしている暇は、もはやないはずだがな」

 叫ぶアンリさんの後ろには男の人がいた。

 アッシュブロンドの髪に、整い過ぎるくらい綺麗な顔の人。

「しかし、真意は問わねばなるまい」

 私を見ている、彼の黒い瞳は冷たく鋭かった。

「小娘、貴様はかつての己の身体を見つけて何をするつもりだ?」

 黒いスーツに黒いシャツと、黒ずくめのその人は、とてつもなく綺麗で怖い。

「お前の望みは、飯田頼子が蘇ることか?」

 さらりとアッシュブロンドの髪を揺らしながら彼は問う。

 これ、答え間違えたらどうなるんだろ。何か、とっても怖いんですけどっ!?

「違い、ます。私が頼子を見つけなくちゃって、そう思って」

「何の為に?」

 彼の問いに答えるのは難しい。

 私にだって、頼子を発見した時に自分がどうなってしまうのかなんて分からないんだもん。でも。

「私が――――私だって、確認する為に、です」

 たぶん、そうなんだと思う。

 私は、はっきりさせたいんだ。自分が、何者であるか。

 そんな私を彼はじっと見つめて――――と、そこでアンリさんが叫んだ。

「シャルちゃんを苛めるな! このクソジジイ!!」

 アンリさんが私を庇うようにぎゅっとまた抱き締めた。

 でも待って? ジジイって、え? この綺麗な人が?

 あまりに似つかわしくない、その呼称にぽかんとしてしまう。

 彼の端整な顔が少し歪んだ。

「アンリ、仕事中は課長と呼べと言っているだろう」

「分からず屋の頑固者はジジイ呼ばわりされるんですー」

「ほう。ではお前の無茶苦茶を一切合切上に報告して、始末書を山ほど書くことになってもいい、と」

「職権濫用!!」

「公私混同する子供に言われたくない言葉だな」

「何だとーぅ!」

 あ、アンリさんがたまに口にしてた「ジジイ」って、この人のことだったんですね。でもって、さっきまでの怖い空気が台無しデスヨ?

 それを狙っているのか、いないのか、アンリさんはムウッとした顔で言い募る。

「でもシャルちゃんは悪くないじゃん! これ以上、追い詰めないで!

 シャルちゃんはもう東雲の家族でしょう?」

 その声はどちらかと言えば責めているというよりは、むくれているような響きがあるよーな。

 アンリさんにとってこの課長さん? って人は身内感覚なのかな? そんな空気を感じる。

 アンリさんの様子にふーっと息を吐き出すと、課長さんは片目でちらりと私を見た。

「だからこそ、なんだが。しかし、まぁ、この小娘ならば大丈夫か」

 あ、合格ですか。半ばアンリさんが押し切ってる気もしなくないけど。

 ともかく、それなりに信頼を得られたのかな。

 彼の顔から幾らか厳しさが薄れた気がする。

「では事実を伝えよう。

 貴様の前世である飯田頼子の身体は、すでに異世界対策課が発見している」

「ええっ!?」

 なんですとッ!?  驚いてまじまじと見る私に、課長さんは頷いた。

「発見はしていた。が、少々厄介な事案が絡んでいて、身体が確保できずにいた。貴様の現状もその事案の一端だ」

 ん? 発見していても、手出しできない? それって、クソ神様も似たようなこと言ってたよーな。

 しかもそれ、間違いなく異世界絡みなんだよね? うーわー、嫌な予感しかしないっ!

「だがここにきて、ようやく事態が好転の兆しをみせた。今の貴様がいればあの結界を壊すことが可能だからな」

 結界? あ、それが物理的に行けない場所?

「もしかして、その結界のなかに頼子の身体があるから、生まれ変わりの私は入れる可能性があるってことですか?」

「ああ、概ね正しい。なかなか察しが良いな」

 褒められたっ! でも、あんな悪夢見た後ですから。分かりますよー。

 あぁ、納得。前にアンリさんが、私がこの件の枢だって言ってたのは、このことだったんだ。

「忘れるなよ? 目的はあくまで、飯田頼子の身体の確保だ。

 もし、それを貴様が阻むというなら………………分かるな?」

 うぐ! ようは、頼子の身体に手を出すなってことでしょー!?

 私は頼子の魂が生まれ変わったシャリエールで、それを忘れるなってことですねー?

「ハイッ! 分かってマスッ!!」

 こくこくと必死で頷く私に、彼は目を細めた。

「では、行くか」

 それが苦難の始まりとも分からず、私とヒロは彼の指示に従ったのだった。



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