第32話 彼女の悪夢


 クソ神様に「頑張ってね」と言われた意味が分かってきた。

 日に日に頭痛がひどくなる。そしてあの幻聴も。

 それから、夢。

 覚めれば忘れてしまっているが、恐怖心は拭えないままにある、そんな朝が続いた。

 そして、ついに。


 ――――夢を見ている。そうと分かる、夢。それがまた、怖い。


 薄暗くよく見えない場所。なんだか生臭い。あんまり、ここにいたくない。

 早く目覚めてしまいたい。そう思うのに。

 視界がどんどんと鮮明になって、夢がはっきりしていくのが分かる。

 ヤだよ。見たくない。ヤだってば!

 意識は抵抗しているのに、無理やりにでも見せられている感じ。

 車がある。ここ、ガレージ? 薄暗い………なのに、見える。緑色のシート。

 嫌だよ。何で、こんなとこにいるの。何で、何で、そんなところに!

 シートが被せられた机みたいなのの上に、女性の身体が仰向けに横たえられている。

 嘘でしょ。何で!?

 知ってる。彼女を、私は知っている。

 だって。

 見下ろすように彼女を覗き込む。嫌だ。嫌だ。嫌だ。見たらダメ。

 なのに!

 パチッと彼女が目を開けた。

 嘘。何で。

「やっと、見つけた」

 彼女の唇は、動いてない。なのに響く声。

 違う、違う、違う! この声は彼女じゃないっ!!

 誰? そこにいるのは、誰? 嫌、嘘、待って。何で?

 彼女の腕がすぅっと上がる。

「お前を、手に入れれば」

 伸びる彼女の手。それに捕まったら?

 微笑む彼女はそれを望んでる? いや、私? でも、だったら、私は?

 彼女の手が私に触れて、ゾワッとした。

 冷たい。ツンとした、臭いが鼻をつく。


 ―――――捕まる!




「ッ、イヤァァァァアァァァァァァッ!!」

 悲鳴を上げた。とにかく、上げまくるった。夢なら覚めなくちゃ!!

 だって、だって、だって!!

「シャルッ!? 大丈夫かっ!?」

 耳に入ってきたのは、この世界で一番信頼できる人の声。

 私が大好きで、会いたくて会いたくてたまらなかった人の、声。

 その人が心配そうに私を覗き込んでいる。

 あぁ、夢じゃない。これは、夢じゃない。

「ヒロ…………………私、うなされてた?」

「いや、俺も寝てたから分からないけど…………いきなり悲鳴が聞こえて。

 どうした? 怖い夢か? それとも……………何かあったのか?」

 夢だったら、いいのにね。でも、もうあれは夢じゃないんだろう。

 目が覚めてもはっきりと覚えているから―――――あぁ、もう逃げられない。

 そう、たぶん、逃げられないんだ。

「アンリさんに、連絡しなきゃ」

 ヒロが険しい顔をした。

「何かあったんだな?」

「うん―――――頼子を、見つけた」

 夢のなかの彼女は頼子だ。少なくとも、あの身体は。

 そしてまた、彼女も、私を見つけた。

 おそらく、あの事故をなかったことにして、頼子の身体を隠した者――――それが私を欲している。

 逃げられない。だったら、戦うしかない。

 悪夢を振り払い、私は覚悟を決めた。






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