第30話 彼の相談


 女子三人がお泊まり会ということで、俺は久しぶりに部屋で一人きりになった。正直、ありがたい。

 異世界対策課の人やら、干渉者やら、勇者やら、考えたいことがあり過ぎる。でも考えなんかまとまらず、けっきょく俺は携帯電話を取り出した。

 相談するとしたら、あの人なんだろう。けれど、いきなり電話していいものか。

 いや、何かあったら電話して、と教えられた番号ではあったんだが。

 迷ったあげく、やっぱりかけた電話は、すぐに繋がった。まるで俺がかけることが分かっていたみたいだ。

『何かあったかい? 弘一君』

 電話ごしでも伝わる穏やかな声音。俺はカズタカさんのそれにほっとした。

「すみません、こんな時間に。少し相談したいことがありまして」

『うん? もしかして、そちらで何かあったかい?』

「あ! それほど深刻というわけでは」

 心配そうに聞いてくるカズタカさんに俺は慌てて言った。

「色々あったにはあったんですが、俺もシャルも無事です。アンリさんもです。

 ただ…………その、俺がシャルの傍にいる意味、みたいなことを、改めて聞かれてしまって、ですね」

 しどろもどろに説明すると、カズタカさんは何かを納得したというように俺に尋ねた。

『もしかして、アンリの上司の人に会ったのかな?』

「あ、たぶんそうです。あの人をご存知なんですか?」

 するとカズタカさんはくつくつと笑った。

『彼のことならよく知っていますよ。

 そうですか、会いましたか。それで、君の考えを聞かれた、と』

「はい。でも俺……………はっきりと答えられなくて。

 いえ、シャルを守りたい気持ちはもちろんあるんですけど。守りぬく覚悟って言われたら、まだちょっと」

『あぁ、彼に、覚悟を示せとでも言われましたか?』

「えっ!? 何で分かるんですか?」

『そりゃあ、分かります。僕は彼のやり方を知っていますからね。

 で、君は君で、まだ心が定まらない、と。これは難問だなぁ』

 そう言って、カズタカさんはしばらく何かを考えるように沈黙した。

『弘一君、彼はどんな行動を君にとった?』

「え? えぇと、覚悟を持て、と言われて。

 それから盾くらいにはなれるって、何か魔法? だと思うんですけど、使ってくれたみたいです」

 あのやり取りがあったから俺はシャルの前を動かずにいたんだけど、それが正解かも分からない。

 と、電話のむこうでカズタカさんがまた笑った。

『本当に、あの人らしい』

「?」

 なにが『らしい』のか分からない。厳しいところが、ということなんだろうか。

 俺にカズタカさんは穏やかに、けれど優しいだけではない言葉をくれる。

『まず君は、自分の気持ちをしっかり定めなくてはいけないね。

 何をしたいのか、どの感情が一番強いのか。それが見定まれば、あとはそれに向かって進むだけだ。分かるね?』

「あの、でもそれが一番難しいんですけど」

『難しくてもやらなくては駄目なんだ。それが分からないほど君は愚かじゃないね?』

「――――はい」

 俺は観念して頷いた。

 考え続けること。逃げださないこと。自分の納得できる答えを見つけるまで。

 きっとそれが覚悟になっていくんだろう。

 静かなカズタカさんの声にそう思う。

『君の一番大切な想いは、絶対に手放してはいけないよ』

「はい、分かりました」

『……………こんな助言しかできずにすまないね』

「いえ、助かりました。ありがとうございます。頑張りますから」

『うん――――頑張れ。それじゃ、また』

「はい。また」

 通話を終了するボタンを押して俺は息を吐き出した。

 ――――俺の一番大切な想いって何だ? 頼子への想いか? それともシャルの手をつかんだ時の衝動?

 その、どちらもなのか?

 揺れる気持ちをなだめて、じっと考える。

 この時、俺はどうしてカズタカさんがこのタイミングでああ言ってくれたのか分からないでいた。もちろん、出会った異世界対策課の彼の真意も。

 分からないままだったから。

 俺は、一番大切なものを失ってから気付くことになるのだった。





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