第28話 彼女の念願


 いつもながら、アンリさんの料理は美味しかったです。

 お隣からせっせと調理器具まで持ってきてくれて、面倒見が良いにも程がありますよっ!! ってツッコミたい。

 美味しい料理が食べたいから言わないけどね!

「さーて、皆様、お腹は膨れましたか?」

「もちろんでっす!」

「ご馳走様でした。いつも、すんません」

「あの、美味しかったです。ご馳走様でした」

 うーん、さすがアンリさん。きょんのハートを早速つかんじゃったよ。

 人見知りがあるきょんでも、こんなに美味しい手料理を振る舞われちゃ警戒心を解くよねー。

 うん、でもね。

「では! シャルちゃんと妹さんは私と一緒にお風呂に行きましょー!!」

 って、初対面の子に言うのは、垣根を飛び越え過ぎだと思うの! お姉様!!

 あー、調理器具と一緒になにやら持ってきてたのは知ってた。でも、直球すぎやしない?

「は? え? お風呂? え、一緒って?」

「もちろん、お風呂屋。スーパー銭湯よ!!」

「………………え?」

「ほらほらー、シャルちゃんも準備して!」

 カチンっと固まってしまったきょんを、おそらくあえて無視して、アンリさんが私を急かす。もー、しょうがないなぁー。

「了解しましたー! きょんちゃん、タオル貸すね! 下着も新しいの出してあげるからっ」

「え? えっ!?」

 さっさとお風呂に必要な物を鞄に詰め込んで、有無を言わせずゴー! だ!!

「あ、そうそう。弘一君は私達が帰って来る前までに頭を冷やしつつ、後片付けするように」

 アンリさんが冷ややかな目でヒロに釘を刺した。

 ああ、その目的もあるのかー。

「あ、あの! 私!!」

 捕まれたきょんが抵抗の声を上げてるけど。

「大丈夫よ! お姉さんが奢ってあげるから〜。

 それとも、この部屋のお風呂の方がいいのかな〜?」

「ちがっ! ですから!」

「きょんちゃん、諦めが肝心だよ? それに、ほら、きょんちゃんの事情も聞きたいな〜」

「あっ、あー、あぅうぅぅぅー」

 ジタバタもがくきょんを両脇から私とアンリさんでがっちりつかんで、超強引にだけど連れ出した。

 でもって! やってきました!! スーパー銭湯!!

 やっはー! こんな時になんだけど、念願かなっちゃったよ! 広い湯船にテンション上がるわーーーー!!!!

「うわぁ〜〜〜〜〜! 広いお風呂はやっぱりイイですねぇ〜〜〜〜〜〜〜」

「だよねーっ」

 感極まって叫ぶ私にアンリさんも頷いてくれる。

「今日は疲れたし、まったりしちゃおう?」

 ね? と言うアンリさんに気遣いを感じる。

 うん、心配事はあるけど、今は考えないでおこう。

 まずは身体を洗って、それからタイル張りになっている腰掛けタイプのジャグジーに浸かる。あー、水圧がい〜いカンジ。

 ぐーあー、気持ちいいー。

「シャルちゃーん、露天風呂行こうよー」

「それ、魅力!!」

 身体も温まってきたし、私はアンリさんの提案にすぐ飛び付いた。

 屋外の露天風呂もいくつか種類があって檜風呂なんかも良さそうだったけど、最終的に個人がすっぽり入れる壺風呂に落ち着いちゃった。

 だって誰も使ってなかったんだもん。

 三つあった壺をアンリさんと私、後からおずおずときたきょんで独占してしまうと、他のお客さん達は自然と私達の一角から遠退いた。

 壺のふちに頭をのっけて夜空を仰ぎ見る。星を見ながらのお風呂ってイイなぁ〜。

 そんなまったりした私と周りに人がいないこともあってか、きょんがおずおずというように聞いてきた。

「あのぅ、お二人って、どういう関係なんですか?」

 う、それを説明するのはとてつもなく面倒。

「あー、うー、その〜。アンリさんは戸籍上のお姉さんで、親切なお隣さん、かなっ!」

「は? …………姉? シャリエールさんの?」

 きょんがおもっくそ不審顔だよ。だーよーねー。

 自分で説明してても、何でこうなってるんだか、ワケ解んないもん。

 と、熱くなったのかアンリさんは壺のふちに腰掛け、私を挟んできょんに目を向けた。

 あー、分かってたけど、超ナイスバディですね、アンリさん。めちゃくちゃ絵になりますよ、その姿勢!

「色々と複雑なんだけどね。とりあえず、シャルちゃんが飯田頼子ちゃんの生まれ変わりで、他の世界からやってきたってのも知ってる仲なのよー」

 って、アンリさん!? それ、ここで言いますかっ?? いや、誰も聞いてないのは分かりますけど、秘密ですよね、それっ!!

 案の定、きょんがポカーンとしてるよ。

「で、貴方は飯田頼子ちゃんの妹さんの、飯田恭子ちゃん、でしょ?」

 微笑んで確認するアンリさんにきょんは警戒して、ずずずっとお湯に身体を沈める。

 あ、警戒だけじゃないのかな? さりげなーく背中丸めてるし、胸隠し?

 普通のサイズは妹属性ではアリだよ! きょん、可愛いよ!!

「そうですけど。私のことは、貴方に関係ないと思います」

 そこでさすがに私は割って入った。

「きょんちゃんはお姉さんの事を調べているだけで、失踪に何の関わりもないですよ。アンリさんだって知ってるはずですよね?」

 できればきょんは異世界対策課にも関わらせたくない。

 アンリさんならそれを分かってくれるはずって、そう思ったのに。

「飯田頼子ちゃんの妹さんって時点で十分関わり合いがあるよね。それに、独自で調べてるのが危ないの」

 うぐ! それはそうなんだけど、でも!! って反論したかったのに、まさかのきょんに遮られてしまう。

「シャリエールさん、大丈夫です。

 それに――――似たようなこと、言われたから」

「えっ? 誰っ!! まさか、変な人に声かけられたりとか、してないよね?」

 一瞬、クソ神様が思い浮かんだんだけど、そうじゃなかったみたい。

 きょんは首を振って顔を曇らせた。

「お父さんに……………もう、お姉ちゃんを捜すのは止めろって」

 あ、もしかして、それで家を飛び出してきちゃったのかな?

 でも、お父さんの気持ちも分からなくはないよ。ってか、きょんに危ない目にあってほしくない私としては、その意見に賛成なんだけど…………きょんは納得しないだろうなぁ。

「それで? 妹さんはどうしたいの?

 正直に言えば、このまま人に任せるのが一番安全で、手っ取り早いのが事実だよ?」

 アンリさんはじっときょんを見つめたままだ。

「私は……………お姉ちゃんを見つけたいです。他の人には、任せておけない、です」

 きょんは俯いて、迷うように言葉を吐き出した。その気持ちだけで十分だよって思うけど。そう言いたいけど。

 アンリさんがきょんから目を離さないから、黙っていなくちゃ。

「それで?」

「え?」

「気持ちは分かった。でも具体性に欠けているって、貴方も分かってるはずだよね。

 闇雲に行動したってカラ回るだけ。だから、お父さんにも止められた。違う?」

 ア、アンリさん! 手厳しいよー!!

 きょんはまだ十代なんですぅ。子供なんですー! 手加減してあげてー!!

 でも、きょんは一生懸命、言葉を続けた。

「それでも。私は、私にできることをしたい。

 まだ、何かできることがあるって、そう思います。

 考えつかないけど…………………諦めたくない、です」

「できることはないって言われても?」

「―――――はい。諦めません」

 きょんが顔を上げてアンリさんを睨むように見た。その真剣な顔!

 ああああああっ! そんな無理しなくていいんだよぉぉぉぉぉぉ!!

 お姉ちゃん、泣くよ? 泣いちゃうよっ!?

「ん。合格。じゃあ、お手伝いしてもらおう。バイトってことでいい?」

 ん、えええええええっ!! 何、言ってんの、アンリさん!? 正気ですか!?

 驚愕の眼差しを向ければ、アンリさんはザパァーとお湯に浸かって目尻を下げた。

「これだけ言って諦めないんなら、巻き込んじゃった方が安全かなって。勝手に行動された方が危ないでしょ?」

「で、でででも! 上司の方には!? それに一般人巻き込むのってダメですよねっ!?」

「ダメでもなんとかする。これだけの覚悟見せられちゃあね。なんとかしてあげたくなるよ」

 きょんを見れば曇っていた顔はどこかふっちれたようなものに変わっていて。

「ちょっとのぼせました」

 とか、背筋伸ばしてくつろいでるし! 反対できないじゃんか!!

 うあ、私もなんかのぼせそう。頭ぐるぐるしてきちゃったよぅ。

 そろそろと身体をお湯から引き上げて、気持ちよい夜風にさらせば。

 うん? 何故に両側からガン見?

「あのー、アンリさん? これって世界が違うからですか?」

「妹ちゃんよ……………シャルちゃんはもとからハイスペックなのよ」

 何の話だ!

 いや、アンリさんより胸はないよ? それにきょんみたいな初々しさも!

 なのに。

「全体バランス良くって女神か! ってくらいだよね」

「なんか……………ズルいですね」

 ええー! 何で、何でー!!

 両側から聞こえてくるため息に心底不本意なんですけど。しかも、アンリさんときょんは顔を見合わせて頷きあってるし!

 いきなり妹とお姉様が仲良くなっちゃって、正直とっても複雑な気持ちです。

 恐るべし、スーパー銭湯の魔法!! だ!!!!







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