第26話 彼の選定


 色々な情報が飛び出す中で、俺はつとめて冷静に見えるよう振る舞った。

 内心では心臓バックバクの頭ぐーるぐる状態だったのだが、なんとか格好をつけることに成功している。

 これで俺は、シャルの傍にいることができるだろうか。

 つい先ほど問われた、「覚悟」を示すことができたんだろうか?

 というか、今考えてみれば、俺はかなりヤバい状況下にいたんだろう。たぶん、だが。

 でもそうでなければ、先ほどの彼、俺をシャルのところへ行けと指示した人物が出てくるはずがない。

 そもそもが、だ。

「君、どーしよっかなぁ。

 異能力者になってみる? 能力開花とかして、魔王を倒してみちゃう?」

 なんてセリフを言いながら、壁から人が出てきた時点でもう十分におかしい。

 シャルとアンリさんの会話から考えるに、アレが『干渉者』だ。

 あの場に彼、おそらく異世界対策課の人が割って入らなければ、どうなっていたことやら。

「惑わされるな」と、あの人は言ってたな。

 男の俺ですら綺麗だと思ってしまうくらいの顔立ちに、見事なアッシュブロンドの髪。アンリさんより少し歳上のように見える彼は、黒のスーツに黒のシャツと黒ずくめの格好をしていた。

「去れ。お前の干渉を受けずとも、事態は解決する」

「ふぅん。本当に〜? そもそも君が原因なんだけどなぁ〜? 判ってる? そこんとこ」

「去れ」

 無言で睨みあった後、俺に声をかけてきた人物が「仕方ないなぁ〜」と肩をすくめ、そして俺に「その気になったらいつでも呼んでよ〜」と言って、掻き消えてしまった。

 もしかしたら俺は、アンリさんの言う「圧倒的な力」の一端を手に入れることができるのかもしれない。

 だけど。

「アレには絶対に頼るな。頼るならば、アンリやこの世界の人間を頼ることだ」

 鋭い瞳にそう釘を刺されてしまった。

 そして、彼に尋ねられたのだ。

「お前に覚悟はあるのか」と。

 彼の瞳は突き刺すようだった。

 何の覚悟か俺には分からなかった。だから答えることもできなくて、黙って彼を見つめ返すしかなかった。

 彼はそんな俺に小さくため息を吐いて、つかつかと近寄ってくると俺の額にビシッと指を突き立てた。

「動くな。―――の名におき、――を与えん」

 呟かれた全てを聞き取ることはできなかったが、それが俺に何らかの魔法をかけたのだと察した。それも、おそらく守護するような、何かを。

「行け。お前の大切な者が危機に陥っている」

「え」

「彼女を守れ。今のお前ならば、まあ盾くらいにはなれる」

 そこで俺はシャルの身に何かが起こっていることを理解した。

「大通りにアンリがいる。まずは合流しろ」

「わ、分かりました」

 自然と丁寧な口調になって頷いた俺に、彼の目がすいっと細められる。

「彼女の傍にいたいのなら、覚悟を見せることだ。いいな?」

「は、はいっ!」

 有無を言わせぬ彼の言葉に、思わず背筋を伸ばして返事をしてしまう。

「よし。では、行け」

 命じ慣れているようなそれに、俺は走りだした。

 その後、アンリさんと合流し、シャルを庇いながら時間を稼ぐよう言われ、今に至る。

 あの人はアンリさんの先輩か、もっと上の役職の人だろう。あの日本人離れした容姿といい、普通の人なはずがない。

 そんな人が覚悟を問うなんて。

 俺は試されているのか。でも何の為に?

 アンリさんはシャルを「問題の枢」だと言っていた。そして「最後の最後には使う」とも。

 俺はその時、シャルの傍にいられるんだろうか。

 何の力も持たない俺が。

 シャルの支えにもなれていない俺が、ただ傍にいたいという理由だけで、彼女の隣に立って良いのだろうか。

 きっとこの迷いも見透かされているんだろう。それでも。

 まだ俺は答えを出せないままだった。









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