第25話 彼女の憂鬱


 私は自称勇者のお兄さんにきっぱりと言った。

「残念ですけど、私は異世界転移する方法は知りませんし、協力もできません。ごめんなさい」

「だいたい勇者っていうけど、それすら怪しいだろ。この現代じゃ、ただの派遣のおっさんだし。諦めて仕事に専念しろ」

 現実ってキビシーよね。でもお兄さんは働くところもあるんだし! 頑張って!

 という心のなかで送るエールは、もちろん相手に届くはずもないわけで。

「くっそぉぉぉぉ! お前ら、俺を馬鹿にしてるだろっ!

 この世界のヤツらは皆そうなんだぁーーーーー!」

 うわぁ、拗らせてるね、お兄さん! でもってヒロは微動だにしないし。

 この状況をどう収拾つけるつもりなんだろ? お兄さんを説得するのかな?

 でもそんな私の考えは甘かったらしい。

「見せてやるッ! 俺が勇者たる証を!!」

 お兄さんがバッと両手を前に突き出した。

 一見、え? 何してんの? な、ポーズなんだけど。

 私は叫んだ。

「ヒロっ! 危ないから下がって!!」

 いや、私が魔法を使った方が早いかもっ!? だってお兄さんも魔法を発動させてるしっ!

 でもヒロは私の前から動かない。

「大丈夫だ、シャル。動くな」

「え?」

 冷静なヒロの声に驚く。大丈夫って、何で?

 そうこうしているうちに、お兄さんの魔法はどんどんと形を成して。

「来たれ聖剣、エクスカリビャー!!」

 ついにお兄さんの叫びに応じて、一振りの剣が彼の手に現れた!

 いや、でもねっ!?

「待って。何、その聖剣の名前!?」

「ビャーて何だ! ビャーて!!」

 ネーミング、適当過ぎやしませんか!?

 だけどお兄さんは高らかに勝ち誇った声を上げた。

「聖剣は聖剣だ!」

 そしてその力を見せつけるようにブンッと振ってみせると、公園の木が一本めりめりっと切り倒される。

 わわ、ダメですよ、お兄さん! 器物損壊はっ!!

「ほーら、見ろ! これが勇者の力だ」

 うん! 脅威以外の何者でもないねっ!

 でもヒロはまったく怯まない。

「いや、ソレ普通に銃刀法違反だし。捕まるぞ」

「見つからなければ捕まることもないっ!」

 魔法っていう圧倒的な力があるせいか、お兄さんは強気だ。

 だけどヒロは淡々とお兄さんに告げる。

「いや、捕まるよ、アンタ。

 だって――――アンタみたいなのを取り締まるのが『異世界対策課』なんだからな」

 その瞬間。

「弘一君、時間稼ぎご苦労!」

 公園に響く、その声音は!

 まさに、真のヒーローは遅れてやってくるってヤツですね! お姉様!!

 ずぅぅん、と私達の周りを見えないけど何かが覆った。

「んっ!?」

 驚くお兄さんを尻目に。

「シャルちゃん魔法使ってよーし! ソイツ眠らせちゃってー!!」

 よっしゃーーー、お姉様の許可が出た! じゃあ、やっちまえーーーーー!

 私はヒロの隣に素早く出ると、睡眠の魔法をお兄さんにかける。

「う? な、にゃ…………! っぐーーーー」

 チョロ! チョロ過ぎだよ、お兄さん!!

 こんな簡単なら最初っから魔法使っときゃよかった!

 って思ったら、姿を現したアンリさんが苦笑いしていた。

「シャルちゃん、ご苦労様ぁ。

 ごめんねー、魔法耐性弱める術を作ってたら、ちょっと遅くなっちゃった」

 あ、そゆことですか。そりゃ勇者だもん、こんなに簡単にいくわけないよね。

 アンリさんがお兄さんを手際よく捕縛していく。文字通りお縄だね、お兄さん。

「あー、でも焦ったぁ。まさかシャルちゃんに接触するとはねー。

 早めに手を打っとくべきだったー」

 仕上げに何やら描かれた護符のようなものをべしっとお兄さんの額に張り付けて、アンリさんがふぅと息を吐く。

 にしても、やっぱりというか、この人、異世界対策課にマークされてたんだ。

「あのぉ、この人がこっちに強制送還されたのって、異世界対策課と関わりがあったりするんですか?」

 よかれと思って戻したのが裏目にでちゃったのかなー、なんて考えたんだけど。

 アンリさんはそれにさらりと首を振った。

「全然、関係ない。皆無。

 そもそもコイツ、つい最近まで把握できてなかった転移者なの」

「あー、だったら本当に厄介払いされた、のかな?」

 ところが、アンリさんはそれにも首を傾げた。

「それが、そうとも言えないみたい。どうやら、こっちの世界の事情、なのかも?」

 はい? こっち、ってどっち?

 ぽかんとしている私を見て、アンリさんはとんでもなく恐ろしいことを言い出した。

「この人の存在が発覚したのは、シャルちゃんが転移してきた穴の修復時なんだよね」

 そこでアンリさんは渋い顔でお兄さんを見て、私に視線を向けた。

「一応、教えておくね。

 この人、たぶんシャルちゃんが転移してきた穴を使って転移したんだと思う。それと、この人がこの世界にいなかった期間はシャルちゃんが転移してきた時期と重なってる。

 この意味、分かる?」

 え? ってことは、この人の転移は私の転生転移と関わりがあるってこと?

 それって、まさか。

 脳裏に浮かぶのは、私が知っている唯一の人外の者。


 ――――難しいものだね、異世界転生も異世界転移も。


 確かそうも言っていなかったか? あの、忌まわしいクソ神様はっ!!

「この人も、神様に運命を弄ばれた、人?」

「神様? 何だ、それ?」

「頼子を転生させて、私をこの世界に転移させた、神様がいて…………たぶん、この人も」

 私の説明にアンリさんが眉間にしわを寄せた。

「シャルちゃんが言ってる存在を、私達は『干渉者』って呼んでる。次元転移、転生すら扱える圧倒的な力を持った存在」

「神様、じゃなくて『干渉者』?」

 アンリさんがこくりと頷いた。

「私も噂に聞く程度だったんだけどね。

 けど、間違いなく頼子ちゃんからのこの一連の事象は、『干渉者』の仕業だと思うよ。こんなことできる存在が他にいるなんて、考えられないし」

 ってことは、全ての原因はあのクソ神様ってこと?

 ………………うわ、ありえそうで嫌。

 でもってクソ神様の思惑も分からないし、何より対策なんてナッシングよね?

 ぐあー! 勇者のお兄さんだけでも気が滅入るってのにー!!

 暗雲立ち込める現状に、私はため息を吐くしかなかった。






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