第24話 彼女の勇者


 お兄さんとヒロが睨み合う。

「お前、何だよ」

「それはこっちのセリフかと」

 うお、バチバチと火花が散ってるよ。

 というかね、ヒロ? また良ーいタイミングで来るよね!

 影からこっそり見守ってたとか、そんなことないよね? そこまで暇じゃないの、知ってるよ?

「でも本当に何でヒロがここにいるの?」

 ぽろっと出た私の言葉にヒロが答える。

「異世界対策課の人が教えてくれた」

「えっ!? ってことはこの人アンリさん達に把握されてるのっ?」

 と、私達の会話にお兄さんが驚いたような声を上げた。

「異世界対策課って何だ!? そんなのがあるのか?」

 あ、お兄さん異世界対策課を知らないんだ。そうだよね、基本は対象者と接触禁止だもんね。

 ってことは、余計な情報を与えちゃったかな。やばっ。

「そんなことより、現状を把握したいんだが?

 貴方こそ何なんです。どうして彼女を追いかけたりしているんです?」

 ヒロが低い声でお兄さんに問い掛ける。

「あ、その人、勇者らしいよ。でもって、その勇者やってた世界に戻りたいんだって」

「は? 勇者? いや、仮にそうだとして、何で追っかけられてるんだ」

 後ろから私が教えるとヒロは怪訝そうな声を上げた。うん、まー、そうだよね。

「お前、関係ないのに何なんだよ! 俺は彼女に話があるんだ!!」

「関係ないわけじゃない。彼女は俺のアパートに居候してるんだからな」

「なっ!!」

「で、勇者が何の用だ? いきなり元の世界に戻せとか、おかしいだろ? それで女の子追いかけ回すとか、通報レベルだって分かってるか?」

 お、ヒロが怒ってる。

 きっちり私との関係をアピールしてくれてるトコが嬉しかったり。いや、ダメだってば、呑気な恋愛脳になってるバアイではないのだよ、本当に。

「だいたい、異世界転移する魔法出せとか、無茶過ぎだろ」

 ヒロの言う通りー。アンリさんでさえ準備して使ってる風だったもん。そんなに簡単にはできないって、お兄さん。

 けど、この自称勇者のお兄さん、あんまりそゆとこの事情を分かってなさそーだなぁ。

 熱意は伝わるんだけどね。向こうに行きたいっていう熱意は。

 あれかな? 恋人とか? 世界レベルの危機とかだったら、まあ分からなくないんだけど。

「で、でも! 異世界に行くことが絶対にできないわけじゃないだろっ!?

 現に俺や、そこの彼女だって! 転移したんだし!!」

 その必死さにちょっとだけ心が動く。

 お兄さんにはお兄さんの事情があるんだろうし。それに恋人が死ぬかもしれない、とかだったらヤだしなぁ。

「あ、あの〜、どうして転移したいんですか? 何か、事情がある、とか?」

 一応、聞いておこう。

 あぅあ、ヒロ、怒んないでーっ。ほら、もしかしたら話し合いで解決できるかもしれないじゃない!

 なーんて考えたら、お兄さんが鼻息も荒く語ってくれた。

「そうなんだ! 俺の帰りを皆待ってるんだよ!!

 王女のリリーに悪役令嬢のローズ、聖女のエルダー、女騎士のマリー、ああっ! それに俺が養っていたアンゼリカもっ!! 皆、俺がいなくなって、きっと困ってる!!」

 あれ? ちょいとお兄ーさん、それって?

「一つ、質問です。お兄さん、その勇者の称号って、どうやって手に入れたんですか?」

「ん? どうやっても何も。

 異世界転移して知識チート持ってたら、勇者になるのなんて当然の流れだろ。

 一番最初に出会った聖女に勇者認定されたし。聖剣だってもらったぞ」

 あ、あれ? やっぱりこれって、アレですか?

「ええとー、ですね? お兄さん、奴隷とか買っちゃったりする勇者様?」

「可愛い女の子が酷い扱いをされてるんだぞ!? 救うに決まってるだろ!」

 あぁー、これはいわゆるアレだね。思わずヒロに囁いちゃうよ。

「ね、この人っていわゆる異世界転移のチーレム勇者さんなのかなっ?」

「ああ、確定だろ」

 頷くヒロの顔がちらっと見えたけど、ものすごく苦い顔だぁー。

 同じ男として思うトコがあるのかな。

「あんた、もしかして強制送還されたんじゃないか?」

 鋭い! というより、バッサリと切り捨てるみたいなヒロの言葉。若干嫌悪の響きが混じっている気がするよ!

「そ、そんなこと、あるはずないだろ!

 俺の力は国一つ滅ぼせるレベルだったし!! そんな俺を追い出すなんて………そんなことするはずがないっ!!」

 わあ、俺TUEEEEEでしたか。

 ってゆーか、ソレ本当に厄介払いされてない? 国一つ滅ぼせるって、むしろ脅威だよね?

「あぁ、クソ! 攻撃魔法なんて、こっちじゃ何の役にも立たないし! こんなことなら治癒系の魔法を強化しておくんだった!

 というよりもどればいいんだっ! あの世界にっ!!」

 あー、ナルホド。チーレムでトントン拍子に勇者やってたから、現代社会に復帰するのが辛い、と。

 んでもって、ぬるま湯にもどりたい、と。

 …………………いやいや、それって!

「一番ダメなパターンだし!!」

「だな」

 事情聞いて損した気分だよ!? 時間を返せ!

「何だよ、お前ら!! よくある展開だろ! テンプレをダメって言うな!!」

 しかもお兄さんオタクか! どこまでもテンプレ! ちゅーか、むしろテンプレ作品に謝れ!

「いや、だけどアンタのソレは行き詰まるパターンだろ。強制送還オチがあっただけよかったと思えよ!」

「思えるか!! いきなり現代だぞっ! これから皆とイチャラブしようって時だぞ!?」

「って、大前提で異世界転移っていきなりなものだよねっ? 私の時もそうだったし!

 でもお兄さんの場合はただの転移でしょう!? 私なんか転生して転移だよっ!? 戸籍もない状態からのリスタートだよっ!? それに比べれば易しいでしょうがっ!!」

「それとも何か? 浦島太郎状態だったのか? 異世界に行っている間に三十年とか経ってたりしたのか?」

 わあわあと喚く私とヒロにお兄さんは黙り込んで、それからぽそっと言った。

「一週間、経ってた」

「「……………………は?」」

 え? ヒロも私もぽかーん、ですよ?

「い、一週間? 異世界に行って、俺TUEEEで冒険してチーレムでウハウハで―――――それが、たったの一週間っ!?」

 なんだそれーーーー! 超、理不尽!!

 いや、私も時間軸にしたら頼子が死んで一週間くらいでもどってきてるけど!

 でもシャリエールとして十九年間あっちの世界で頑張って、また難題ふっかけられた! みたいな感じなのに!!

 チーレムで楽しんでロスが一週間って!

「何だソレ! そんなんで、もどりたいとか言うなよ!」

 と、ヒロのそれにお兄さんが叫ぶ。

「これだからガキは嫌なんだよ! 社会人が一週間消えるってのは相当ヤバイんだからなっ?

 無断欠勤で職はなくすし、周りは心配とかじゃなくフツーに迷惑だとか言ってくるし! 分かるか!? 現代で独身無職の肩身の狭さがっ?」

 うわぁ、なんてゆーか、独身無職のオタク勇者ってテンプレだけど、現代だと身につまされるぅぅぅぅ。

「あ、あ、でも! 今はお仕事に就けたんですよね!? だって仕事帰りですもんね??」

 なんかフォローしたくなっちゃうよ。

 お兄さんも疲れたような泣きそうな顔してるし。

「まぁなー。派遣だけど。親からも言われてなー」

 はぁーーーっと、深いため息を吐くお兄さん。でも親から言われてちゃんと働きにいくあたり、そう悪い人でもないのかな。言動クズっぽいけど。

 うん、本物は引きこもりまっしぐらだよね。エライ、エライ。

「いや、だったら異世界にもどるとか言わずに現代で頑張れよ」

「…………………これだからガキは嫌なんだ」

 まー、働いてもないヒロが言っちゃ駄目なことかもしれないけどさ。

 でも勇者っていうのは、『逃げずに戦うことができる人』のことを言うんじゃないかな、お兄さん。

 ヒロの背中を見ながら、私はそう思った。






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