第22話 彼の嫉妬


 首筋が見える、涼しげな髪型になったシャリエールを見るのは、正直にいえば複雑だ。

 彼女はどんどん変わっていく。もちろん、彼女の置かれている状況も。

 それと共に、頼子についての情報も明らかになってきつつあって。

 俺はやっぱりただの傍観者に過ぎないんじゃないか、という気持ちが強くなる。

 頼子の失踪に関して、異世界対策課が彼女を捜索していることをアンリさんがこっそり教えてくれた。なお、口外したら身体もしくは精神の維持は保証しかねる、との脅しつきだった。

 アンリさんによれば、飯田頼子とシャリエールの件は一連の事件、もしくは事故の可能性が高く、また異世界絡みでも非常に危険度の高い案件なのだそうだ。

 それはシャルの態度からも、何となく分かる。

 シャルは異世界のことや自分の事情を隠したがっている。

 なるべく俺を関わらせまいとしている彼女に気が付けない俺じゃない。

 俺からしてみたら、巻き込むなんて今更で、何度も「俺を頼ってほしい」と伝えてきたのに、なんだよ、それは! って気持ちになるんだが。

 けど、アンリさんからは「今シャルちゃんを問い詰めたらブッ殺す」と笑顔で釘を刺されている。

 なんでも、シャルは他にも厄介な問題を抱えているらしい。それがどんな問題なのだかは教えてもらえなかったが。

 教えてもらえないってことは俺には知らせるべきじゃないと判断されているわけで。そして、それを覆せるほどの何かが俺にはない。

 そんなこと、分かっている。

 俺はシャルを、シャリエール・フラメルという女性を知らなさ過ぎる。

 どんな世界で生まれて、どんな環境で育ったのか。

 この世界にくる原因となった婚約者の王子のことすら、知らない。

 ……………………どんな男だったんだろう。あの切り落とした髪は、その王子の手にも渡るんだろうか。

 それを想像したら、正直、気分が悪い。いや、はっきり言ってしまえば腹が立つ。

 お前にくれてやるものなんか何一つないぞ、とか、見たこともない相手に、理不尽だと自分でも分かるようなことを毒づきたくなってしまう。

 狭量だ。でもってかなり情けない。これが嫉妬だと解るから、なおのこと思う。

 シャルのなかに頼子として俺と過ごした時間があるとして、だけど同じように、シャリエールとして王子と過ごした時間も確実にあるわけだ。

 そんな当たり前のことを今更に気が付いてショックだ、なんて。どれだけ馬鹿なのか。

 シャルが生まれた世界。そこで過ごした十九年。もしかして、王子と過ごした時間は、俺と過ごした時間より長いんじゃ?

「………………飯!」

「わ!? 何っ?」

 突然に大声を出した俺に、シャルが驚いたようにこちらを見る。と、肩のあたりで金髪がさらっと揺れた。

 それがまた、俺の感情を揺らす。

 駄目だ。とりあえず棚上げしよう。そうしよう。

「腹が減った、と、思って。何か作るか、食べに行くか、どうしようかと」

「あ、今日ねー、アンリさんがビーフシチュー作ってくれるって! マリアさん直伝なんだって!! もう、楽しみ過ぎだよねー」

 ぱぁぁあぁぁぁっと顔を輝かせるシャルに俺はヘコむ。今や、俺はお隣のお姉さん以下のポンコツだ。現実逃避、失敗。

「それは……………楽しみだな」

 ソファーにうなだれて座り込み、自分でも覇気がないと分かる声で言えば、シャルが何かを察したのか隣にやってきた。そしてちらりと俺の顔を覗き込む。

 うぐ、短い髪だとアンリさんが言っていた通り可愛いな。

 なんて邪なことを考えていたからだろうか。シャルがとんでもないことを言い出した。

「あのさー、ヒロ? 私って、ここを出ていった方がいい?」

「はぁっ!? 何を急に言い出すんだ!?」

「やー、アンリさんがね、よかったらお隣で暮らさないかって」

 なんてこった! 俺のヘタレぶりを見かねてなのかっ!? そんな提案を受けてたなんて!

 か、勝てる気がしない。まったくしないぞ………。

 もうシャルにとってはそちらの方が良いんじゃって気がしてしまうくらいにっ!

「お前は、アンリさんのところに住みたいのか?」

 何となく予想はできるけれど、一応は聞いてみる。

「ヒロが迷惑してるなら、そうした方がいいのかなー、ってくらいは思うよ」

 だよな。シャルならそう言うと思ってた。

 俺に負担をかけたくないって、そう言うなんてことは。

「迷惑なんて………………今更だろ」

「まー、そうなんだけどさ」

 肩をすくめるシャルに俺は内心で大焦りだ。

 状況はどんどん変化していく。今やシャルは現代で生活していけるだけの条件が整いつつあるんだ。

 そうだ、忘れかけていたけど、シャルは最初から「自立できるまで」と言っていた。

 ずっと傍にいるような気がしていたけれど、そんなものは俺の勘違いで。シャルは俺から離れていく可能性の方が高いってことを、きちんと理解していなければいけなかったんだ。

 だけど、そうと解っていても。

「俺は、お前がいてくれないと…………………困る」

 シャルに言えるのは、そんな言葉だけだ。

 必要だ、とか、傍にいてほしい、だとかを言えないのが心底情けない。

 でも俺が好きなのは頼子なんだ。そのはずだ。

 いや、シャリエールは頼子でもあるんだけど、完全に頼子とも言えないというか。

 あー、また思考がとっちらかってきた。

 そんな俺をシャルはじっと見つめて、真剣な眼差しで聞いてきた。

「ヒロは頼子を見つけたいんだよね?」

「ああ」

 その質問には即答できる。

 俺はどんな形になろうと頼子を見つけると決めている。

 だがそれは、シャルにとってはどうなのだろう。彼女の望みが、本当のところどこに向いているのか、俺にはよく分からない。

 けれどシャルは、俺のその答えに嬉しそうに笑った。

「そっか。だったら私はヒロの傍にいるよ。

 頼子を見つけたいのは私も同じ。だったら協力した方がいいもんね」

 頼子を見つけることが今の俺達の願いだ。

 しかしそれが果たされた時、シャルは、そして俺は何を望むんだろう。そしてどう変わるんだろう。

 シャルの元婚約者に感じた嫉妬心は、今だ抜けないトゲのように消えてくれない。

 俺はやっぱり情けなくて、シャルに見られないように溜め息を吐くばかりだった。







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