第21話 彼女の変化


 私が元いた世界と決別を果たしてから、いろんなことが変化した。

 一番変わったのはヘアースタイルだけどね!

 うん、たった今、髪を切ってもらいました。おねいちゃんに!

 っていうのも、アンリさんったら、タライを片付け終わった後に蕎麦なんか出してきて、ヒロと一緒に首を傾げてたら「お隣に引っ越してきたから!」なんて言うんだもん。

 なんかねー、私は特例ってことで異世界対策課がガッチリ監視兼保護することになったんだって。

「もー、どんどん関わっていくから! ジジイ、じゃなかった、私の上司は超怒ってたけど、シャルちゃんがにこって笑えばイチコロよっ」

 って、私が懐柔するんですか、お姉様。そして上司の方は怒ってるんですか。

 つい「あのー、私、何かアンリさんのお仕事お手伝いした方がいいんでしょうか?」って聞いちゃった。

 だってこの町の異世界転移の穴って私が原因だし。

 いや、できることは少ないだろうけど、一応魔法は使えるし。もしかしたら、アンリさんのお仕事をお手伝いできるかもって、そう思ったんだけど。

 アンリさんはものすっごく渋い顔だった。

「私としてはシャルちゃんに手伝ってもらえたら万々歳なんだけどー。むー、ジジイが許さないだろうなー」

「厳しい方なんですね」

「頭が固いんだよー。もうね、石橋叩き過ぎて壊す気なんじゃないの? ってくらい慎重なの。

 そりゃ、気持ちは分からなくもないんだけど。ちょぉぉぉっと、厄介」

 いや、でも上司ってことはそれなりの立場の人で、慎重にならざるをえないよね。

「でも最後の最後にはシャルちゃんにも協力してもらうようなこと言ってたけどね。それまでは関わらせたくないみたい」

 うん? どういうことだろう。最後の最後??

 首をかしげた私にアンリさんが釘を刺すみたいに言った。

「シャルちゃんはかなりなレアケースだって言ったでしょ。

 危ないんだよ? 本当に」

「ええと、世界の危機で、人類滅亡、でしたっけ?」

 でもあれって冗談なんじゃ。

「それそれ。超真面目な話であり得るから」

「えっ!」

アンリさんの顔は真剣だった。

 え? マジ? 本気でそーなの?

「まあ、確率は低いし、そうならないように私達が頑張るから、それは置いておくとして」

 いや、人類滅亡の危機、置いておいちゃーダメでしょう!

 唖然としている私にアンリさんは優しく言ってくれた。

「確かにシャルちゃんは問題の枢なんだけど。被害者でもあるからね。

 シャルちゃんはシャルちゃんの生きたいように生きていいんだよ。

 本当は異世界対策課の人間は対象者に肩入れしちゃいけないんだけどさ。なんていうか、シャルちゃんは応援したくなっちゃうんだよね」

 そしてアンリさんは手を伸ばし、私の頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。

「大丈夫。絶対に私達が守るから。だから、シャルちゃんは心のままに行動していいんだからね」

 って、お姉様! 惚れてしまいます!!

 ちょっと「抱いて!!」とか叫びそうでしたよ! 女の人だけど!!!!

「どうしよ。禁断の扉、開きそう」

 ベランダでパタパタと髪をはらってくれているアンリさんを目の前に呟いちゃう。

 いや、だってこんなに面倒見よくて綺麗格好良くて、さらに安定した職に就いてるって、もう「結婚してください!」レベルだよ。

「え? あ、切り過ぎた?」

「イエ、全然! 髪を切りにいく余裕がなかったので助かります」

 時間的にも金銭的にも厳しかったので、アンリ様々ですぅ。しかもアンリさんって器用〜。

 考えなしにざっくり切り落としちゃったもんだから、見苦しくない程度に切りそろえてもらうだけのつもりだったんだけど、アンリさんはバランスとってすいてくれたりして、ショートボブに可愛くまとめてくれた。すごいよ、おねいちゃん!

「そかなー。何だかすごい切っちゃったから、良いのかなーって不安なんだけど」

「良いです! 良いです! 頭が軽くなってすっごく良いカンジです!!」

 正直、髪を洗うの大変だったんだよねー。

「ならよかった。長い髪も綺麗だったけど、短いのも可愛いよ」

 だから、惚れてしまうやろー、ですよ!!

「あ、ありがとうございます」

「どういたしまして」

 恥ずかしげにお礼を言う私とそんな私を見つめるアンリさん。

「そういうのはいいから。終わったんなら早く部屋に入ってくれよ」

 って、ヒロ、何故にそんな呆れた顔なのさ!

「いーじゃん、役得でしょ! 百合の香りを堪能してよ!!」

「だから、俺は二次元派だって言ってるだろが」

「ふぅん、弘一君はそういう趣味かー」

「いや、アンリさんも悪のりしないでください。ほら、そこ掃除するんで」

 ホウキとチリトリを持ってヒロがベランダに散らばった髪を片付けはじめる。

「え、いーよ。私が片付けるよ?」

「いや、ここはいいから。それより軽くでも頭洗ってこいよ」

「そだね。そのままでいたら髪を撒き散らしちゃうよ、シャルちゃん。

 私も道具片付けちゃうから洗っておいでよ」

 う、それもそうか。二人の言葉に甘えて、私は部屋に入った。

「ありがとうございます、アンリさん! そしてごめんよ、ヒロー。夕飯は期待しててー」

「分かったから早く洗ってこーい」

「はぁい」

 髪の毛を落とさないように洗面所に急ぐ。シャワーを浴びる暇はないな、うん。

 ってゆーのも、この後アンリさんに煮込みハンバーグの作り方を教えてもらう予定なのだ!

 アンリさん、休日を丸々、私の為に使ってくれてるよー。

 おねいちゃん、ありがとうぅぅぅ!

 でもアンリさんは妹と親交を深めたいとかで、本当によく私達に会いにきてくれる。というより世話を焼きにきてくれてるんだけど。

 主にご飯。料理が趣味なんだって!

 いやー、綺麗格好良くて家庭的とか最強だよね。ほんっと、嫁にゆきたーい。

 まあ、アンリさんがしょっちゅうこの部屋にくるのは、遊ぶのが目的じゃないんだろーけど。

 そしてやはりというか、アンリさんの仕事はお手伝いできないらしい。

 アンリさんが「シャルちゃん、ごめん〜。許可できないって。でも、こうして傍にはいられるからっ!」と言ってきた。

 んでもって、上司の方には睨まれまくっているらしい。

 でもアンリさんは不敵にも「当て付けに目一杯シャルちゃんと遊んでやるわー」と笑っていた。

 うーん、そりゃ自分が問題の枢とか言われたら気になるよ? だけどアンリさんの上司の考えが悟れないわけでもないんだ。だからここは、おとなしく従っておくべきでしょう。

 アンリさんの立場が悪くなるのも嫌だし。私はバイトに専念しよう。そうしよう。

 洗面所で軽く頭をゆすいでタオルで拭くと、鏡のむこうでさっぱりした顔で微笑む金髪美女が見えた。

 ここまで髪が短くなったことなんかないけど、私はこっちの髪型の方が好きだな。

 なんてゆーか、長い髪は重苦しくて。いかにもご令嬢っていう姿で。

 ずっと演技してきていた気がする。きっとバレバレだったんだろうけど。でもそれなりに必死だったんだよね。

 だけどここにいるシャリエールはもう令嬢でもなんでもない。ただのシャリエール。

 本当のところ、心からそう思えるようになったのが一番の変化なんだろうな。

 私はこれから私の望む生き方をしていくんだ。それがどんな結末を迎えようと。

 変わり続けてゆくのなら、後悔しないくらい強くなろう。

 肩で揺れる金髪を見ながら、私はそう思った。









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