第20話 彼女の覚悟
ヒロインとの和解も果たし、方向性も見えてきて。
そこで私も、ついに腹をくくるべきだって思ったんだ。だから。
「それで、ですね、リリス様?
もういっそのこと、シャリエールは死んだってことにできませんかね?」
リリス様は予想していたのか、呆れたような何か諦めたような声で答えてくれた。
『もちろんできます。でも先ほど申し上げたように、皆様は心配なさっていますよ。それでもですか?』
「……………だからこそ、です。
それに、死んだことにしておいた方が何かと都合が良いでしょう?」
『確かに。貴方が帰ってくる気がないと判明したからには、そうするのが得策ですけれど。本気の本気で?』
「はい。本気です。心配されているのなら、なおのこと」
私はあの世界に帰らないと決めた。ならば、その覚悟をしなくては。
あの人達に迷惑をかけないように。引き返すことなんか、できないように。
リリス様はじっと私を見つめると、小さなため息を吐いて頷いた。
『分かりました。落としどころとしては妥当ですものね』
身分のある人が死を偽装して自由の身になるっていうのはアリガチっちゃあアリガチだけど、私は異世界にいるわけで。リリス様―未来の王妃―がそれを知っている。不安要素はかなり軽減されるんじゃないかな。
ってゆーか、むしろ私が帰った方が面倒なことになるよね! それでも帰ってこいって言ってくれたんだね、リリス様!!
普通の女の子怖いなんて思っちゃってゴメン! そしてありがとう!!
落としどころとか言っちゃうヒロイン、素敵よ。
『シャリエール様? またよからぬことを考えていますね?』
「そんなことナイデスヨッ!?」
目が泳ぐ私をリリス様がジト目で見る。
『で? 死亡したとするならば、それなりな証拠が必要になるのですけれど。何か考えはおありで?』
うん、そうくると思ったよ!
「ええ! ぬかりなく!!」
私はその場を離れると、クローゼットからドレスを引っ張り出した。そう、現代にもどってきた時に着ていたアレです!
あと文房具を入れてある引き出しからハサミも取り出して、私はタライの前に戻る。
「これは私が消えた時に着ていたドレスです。加工すれば証拠をでっちあげることが可能では?
ほら、公爵家の刺繍もバッチリありますし!」
びらっとドレスを見せると、後ろからヒロのツッコミが入った。
「それ売ったんじゃなかったのか!」
そうなんだよね、売り払っちゃおうと思ってたんだけど。
「クリーニング代が高くて断念したのっ」
調べてみたらモトが取れないことが判明して、そのまま放置してたんだよねー。それがまさか、こんなところで役に立つとは!
『証拠にできなくはないですね。死体はなくても偽装は可能ですし、そもそも貴方は実際にこの世界には存在していませんし』
頷くリリス様に、だけど私は少しだけ困った。
「ただ、そのぅ、問題が」
そんな私にリリス様はすっぱり言い切る。
『異世界へ物を移動させる術ならあります。というより、これを繋げている術者の方がそこにおられるのでしょ?』
わー、見抜かれてた。だよねー、私じゃこんな芸当できないの、リリス様は知ってるもんね。
アンリさんが苦笑いしながら口を開いた。
「一応、気配は消してたんだけど。さすがに異世界まで捜索術を飛ばしてくるだけはあるね」
『そちらこそ、私のそれを逆探知してこれを繋げているのでしょう? シャリエール様の声を聞くまでまったく気付けませんでした。
貴方と私ならば、ドレスの一着くらい移動させることはできるのでは?』
尋ねられたアンリさんは私をちらっと見て、それから「可能だよ」と言った。
「ただね、シャルちゃんに確認しておかなくちゃいけないんだ。だって、本来ならシャルちゃんが帰る為の術だからね」
私が帰る為、つまり異世界転移して帰ることも、アンリさんは想定していたんだ。
「世界を渡る術は簡単に用意できるものじゃないし、危険なことなんだよ。だから、シャルちゃんの為に使えるのは一度だけ。
それでもシャルちゃんは、その一回をこのドレスに使う?」
アンリさんの蒼い目が心配そうに私をうかがっている。
本当に帰らなくて良いのか、と。ここでその一回を使わなくてもいいんじゃないかと。
だけど私は、はっきりと頷いた。
「使ってください。私はあちらの世界には帰りません。
そう決めたんですから」
アンリさんは少し黙って、それからドレスを持つ私の手にそっとその手を重ねてくれた。
「………………分かった。シャルちゃんがそう決めたなら、それでいいよ」
笑ってくれるアンリさんと、水面に映るかつてのライバルのリリス様にお礼を言う。
「ワガママを聞いてくださって、ありがとうございます」
そしてドレスをアンリさんに託して、私はすっとハサミを持ち上げた。
ドレスの他に、あの世界へ送ってほしい、いや、送らねばならないものがあったから。
そのハサミで何をするつもりなのか、たぶんアンリさんもリリス様も気付いただろう。ヒロだけは分かっていないようだったけど。
「シャル? 何を……………あ! 待っ」
ヒロの止める声はもちろん無視して、私はハサミで自分の金髪をばっさり切り落とした。
ぱらぱらと金細工みたいな髪が床に散らばった。
綺麗な髪。そうだった、この髪を梳かしながらお母様が綺麗だと言ってくれたこともあったっけ。なんて、今になって思い出す。
私は髪をゴムで束ねてアンリさんに差し出した。
「これもお願いします」
私の覚悟の証だから。
二度と帰らない覚悟。それがあの人達に伝わるといいなって思う。
あの世界の、シャリエールに関わった人達に。
「分かったよ」
アンリさんは髪の束をドレスの上に乗せ、そして水面にそれを捧げ持つようにした。
水面のむこうでリリス様が小さく頷く。と、同時に水面が淡く光りだした。
細かな波が震えるように立ち、その波の一つ一つがキラキラと光を放っている。
それら全てを見定めるようにアンリさんは微動だにせずに、じっと水面を見つめている。
ふっ、というアンリさんの吐息が聞こえた、その瞬間。
ドレスと髪の束が水面に投じられた。それは水面をすり抜け、吸い込まれるように落ち。
そしてリリス様の手に渡る。
『成功、ですね』
ドレスを確かめるように撫で、それからリリス様は私を見て言った。
『二度とこうしてお目にかかることもないでしょうから、伝えておきます。
私、貴方が嫌いでした。私達とは違うものを見つめている貴方が。私達をちっとも見てくださらない、貴方が。
でも、もういいんです。貴方は私達の世界が生きていたい場所じゃないって、ハッキリおっしゃってくれましたから』
私はリリス様を見つめ返した。
彼女の強かな姿勢を、強さを感じる、その瞳を。
「ごめんなさい。そしてありがとう」
『憎らしいほどの常套句ですね。
ええ、私達、みんな綺麗さっぱり貴方にフラれてしまったんです』
彼女の瞳はもう私を睨んでいるようには見えなかった。
「私、忘れませんから」
『ええ。だから、いいんです。最後にはちゃんと私達を見てくれたんですから。
どうぞ、お元気で――――シャリエール様』
「リリス様も。貴方なら絶対に大丈夫です」
『当たり前です』
ヒロインは何が起きても困難を乗り越える。彼女のいる世界はきっと大丈夫。
揺らぐ水面に、生まれ育った世界の全てへ感謝を込めて。
「今まで、お世話になりました」
私は呟いた。
水面は波紋を描き、リリス様の姿をかき消して、声も届かない。
波が静まった時、そこにあるのは透明な、周りの景色を反射するただの水。
こうして私、いや、シャリエール・フラメルは、故郷との決別の時を終えたのだった。
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