第19話 彼女の因縁


 いや、ヒロインをプリーズとは思いましたよ!? 思ったけども!!

 よくよく考えたら、悪役令嬢にとってヒロインって敵ダ!!

 でも逃げちゃダメ、逃げちゃダメなんだ。

 タライの前に座り、息を吐く。

「心の用意は?」

「オッケーです」

「んじゃ、繋げるね」

「ハイ」

 息を吸い込みしっかりとヒロインを見据える。

 えーい、ビビったら負け!

 勝てる気はしないけど!! せめてあいこに持ち込むぞ!

 覚悟を決めて、私は水面に呼び掛けた。

「リリス様」

 すると彼女の視線がこちらを向いた。

『シャリエール様? 貴方、シャリエール様ですね!?』

 うん、ちゃんと繋がったみたいだ。

 はっきりこちらを認識している彼女に私は返事をする。

「そうです。シャリエール・フラメルです」

 そして、ここでド直球な質問をば。

「どうやら、私を魔法でお探しいただいていたようなので。

 けれど、目的を遂げた貴方が、いったい私に何のご用でしょう?」

 先制攻撃は基本だよね? 訳すと「敗北した悪役令嬢なんか気にしてんじゃないよヒロイン様!」ですよ。

 リリス様は一瞬だけ言葉に詰まったけれど、すぐさま鋭い目をして言い返してくる。

『皮肉をどうも! でも急に姿が消えたりしたら、捜すのは当たり前かと思いますけど!!』

 あれ、この人、だいぶはっきりものを言うようになったな。

 もっとお淑やかで真性ヒロインなキャラだったのに。え、本当に何があった?

「急に消えたところで問題はなかったと思いますけど?

 国外追放が決まっていましたでしょう。ならば私がどこへ行き何をしようと勝手ではないですか」

『ええ! 貴方としては、そうだったでしょうとも!! でもこちらはそうもいかないんです!!』

 はいぃぃぃ!?  消えてくれて万々歳かと思ってたのに、いったい何が問題だっていうのさ?

 本気で分からず、きょとんとしてしまった私に、彼女は何故だか深いため息を吐き、そして子供を諭すみたいな口調で告げてきた。

『貴方は公爵令嬢なのですよ? 王家に連なる方でしょう。

 国外追放が決まったとはいえ、おいそれと野放しにできる身分ではありませんよ? 分かってますか?』

 あれっ? 私、この人に叱られてる??

 公爵令嬢の身分うんぬんは、まあ、分かるんだけど。

『そもそも貴方、今どこにいるんです? 貴方のことですから、のほほんと防御魔法も使わず変な事態に巻き込まれたんでしょうけど!

 まさか隣国に誘拐されたりとかしていませんよね? あ、無理矢理でなくても周囲に告げられもしない状況下で別の場所へ連れていくのは拉致ですから。

 貴方のことだから、気付きもせず連れていかれてそうですけど!』

 えーと、待って、待って待って。何を勘違いしているの、彼女は!?

 いや拉致うんぬんは間違ってもいない気もするんだけど!

 でもなんだろ、彼女の態度。なんていうか、私を心配? してくれているようにも聞こえるんだけど?

「ええとリリス様? 事実を申し上げますと、私は現在、貴方がいるそちらの世界にはいないのです。別の世界に連れてこられてしまったというか、もどったといいますか。

 分かりにくい説明で申し訳なく思いますけれど、私はもうその世界に存在しない人間なんです。

 ですので周辺諸国やらの陰謀とは無縁な場所にいますし、そちらの王国に迷惑をかけることもありません。それだけは、はっきり断言いたします」

 それを聞くなり彼女は目を見開き、眉間にしわを寄せ、最後に呻くように呟いた。

『別の世界って………………なんでまた、そんな事態に』

「えぇと、端的にいえば、自然な流れ? でしょうか」

『王子に婚約破棄されて別世界に行くのが自然な流れですか。自然の摂理をなんだと思っているんですか、貴方は』

 ぐっは、なんて正論を! でもってやっぱりキャラ違くない!?

 ヒロインちゃん、こんな性格だったっけ?? もっとお淑やか〜で、計算高くて、こう王子を手の平でコロコロ〜って転がすようなカンジだったのに。

 あ、これが素ってこと?

 なんて考えてたら。

『それで? その別の世界とやらに行ったのは自主的にという風にも聞こえませんでしたけど。帰ってくる気はありますよね? 呑気に馴染んでたりしてませんよね?

 というか、別の世界って大丈夫なんですか? 貴方だから図太く生き抜いているとは思いますが』

 リリス様が若干の苛立ちを滲ませつつそう言う。

『何はともあれ、所在が分かったなら手の打ちようがあります。

 貴方のご両親や陛下、それにカイン様も心配なさっていますから、早急に帰る算段をつけますよ。いいですね?』

 ……………はい? え? 心配??

 あ、それで捜されてたのかー。でもって、とっとと帰ってこいってことかー。

 ………………………えぇえええぇぇぇぇぇーーーーー!!

 いやいやいや、待って待って待って! これはどうしたものやら、だよ!! 本気で!!

 そもそもさ、そんな心配するよーな人達だったっけ?

 お父様やお母様でさえ、そんなに話をしてた記憶ないよ? 陛下にいたっては拝顔したの数回よ?

 カイン様は、まあ婚約者だしお側にいたことは多かったけど、私に関心なさそーだったけども??

『シャリエール様? 何だかものすごぉく腹が立つ顔に見えますけど? 何を考えておられるんでしょう?

 自分が心配されるなんてあり得ないとか考えていませんよね? もしそうでしたら罵倒しますよ? 貴方、もう公爵家を追放されていますので、不敬罪にはなりませんし』

 ヤダ、そんな怒った顔しないでっ。

 ちゅーか、怒った顔も可愛いなんて、そんなの反則ッ!!

 なーんて思考を逃避させてみる。

『それに、先ほど申し上げたように貴方は王家に連なる立場の方。貴方にその気はなくとも、突然失踪しただけでも影響が出てしまう。貴方はそうした存在だということを考えていただけますか』

 うあ、それは分かるし、痛いトコだ。あんな状況で私が消えたら不審そのものだもんね。

 うーん、それを考えたら、いきなりいなくなるのは軽率だったよね。私の所為じゃないけど!

『で、これからどうするんです。

 というよりも、貴方はいったいどうしたいんです』

 そこで彼女の瞳が、それと分かる程はっきりと鋭くなった。

 あ、これ、前にも見た気がする。

 彼女は時々そんな目で私を見ていることがあったけど、その理由が分かってしまった。

 彼女が睨んでいた、私に腹を立てていた、その原因が。

 だって、私は。

「私は―――――帰りません。

 その世界は私が生きていたい場所じゃないから。

 私が生きていたい場所は、守りたいのは、その世界じゃないです。ごめんなさい」

 冷静に出た言葉に、あー、私って婚約破棄されて当然だったんだなー、って今更に思った。

 だって私はあの世界、あの国、生み育ててくれた人達を受け入れられずに、愛せないままだったんだもん。

 転生しても保ち続けた記憶に執着して、乙女ゲームっていう色眼鏡を通してしか、あの世界を見てなかったんだ。

 同じように生きていたのにね。お父様もお母様も、カイン様も―――――私も、あの世界で。

『よく分かりました。そして、やっぱりね、って気分です』

 リリス様が呆れたような、けれど、どこかふっきれたような声で言った。

「見抜いていましたか」

『薄々は。ですが、一番分かっていらしたのはカイン様でしたでしょう』

「それが分かるのは、貴方がカイン様を愛しているからですね?」

『ええ。そしてカイン様は』

 ええい、その先を言わせてなるものか!

「カイン様に相応しいのは貴方です。それもリリス様はよくお分かりのはず」

 リリス様の言葉を遮って私は真実を口にした。

 そうだ、私はあの人の伴侶に相応しくなかった。それは確かなことだ。

 彼女のような人こそが、あの座につくべきなのだ、絶対に。

 リリス様は少し苦笑いして呟いた。

『そんな貴方だから』

 彼女はその続きを言わなかったけれど、なんとなくカイン様に婚約破棄された、本当の理由が分かった気がした。

『ええ、そうですね。貴方だから仕方がありません。その別の世界とやらで好きに生きればいいんです!

 こちらのことなんか、すっかり忘れてしまえばいいんです』

 そんなことを言う男爵令嬢、いや王妃候補に私は涙が出そうになった。

「忘れませんよ? 私はシャリエールですから。貴方達の世界で生まれたんですから」

『まったく、不器用な生き方ですね!

 本当に王妃に相応しくない。貴方がカイン様とご結婚されていたらと思うと寒気がします!!』

「リリス様は大丈夫そうですねー」

『もちろんです。その覚悟なくして、あんなことはいたしません。

 上手くやりますので、ご心配なく!』

 やはり彼女は真性のヒロインなのだ。

 あの王国のハッピーエンドは確約されているに違いない、と思い知る悪役令嬢なのでありました。






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