第18話 彼女の姉


 あまりに出来過ぎた穏やかな日々にはやっぱり裏がある!

 ってことが発覚したのは、学園祭が終わって、コンビニのバイトも入っていない、まーったく丁度良ーい日だった。

 狙いすましたかのように―いや、たぶん狙ってたね?―突然に彼女は現れた。

 ヒロが大学に行ってしまった昼過ぎ。漫画を読みながらゴロゴロと寝転がっている時にピンポーンという音が。

「はぁい、どちら様ですかぁー」

 私は呑気にガチャッと扉を開けた。のが、不味かった。

「はっじめまして、妹よー!」

 がばっと抱きしめられましたよ。

 いったい何が起こった? 豊満な柔かぁい胸で前がまったく見えないよっ!?

 ジタバタもがく私の顔を両手で挟み込み、その人は顔を覗き込んでくる。

「うっわあぁ〜、話には聞いてたけど、ほんとに綺麗な子だ! 嬉しいよーーー!」

 背の高いその女の人は、黒髪にウルフヘアーで瞳は見覚えのある蒼。

 タンクトップにジーンズのジャケットという出で立ちで、綺麗格好良い系の人だ。

 あ、この人、もしかして!

 私には心当たりがあったりする。

 というか、その瞳! そしてこのフレンドリーさ!!

 あの一家のヒトですか。ってか私を妹って呼んでいるんだから、それしかないですよね!

「あ、あのぅ、もしかして、アンリさん、ですか?」

 私がなんとかそう言うと、彼女はパッと顔を輝かせ嬉しそうに頷いた。

「そうそう! よく分かったねぇ。わー、嬉しい!!」

 分からないはずがないと思いますぅ。戸籍上とはいえ、たった一人の姉ですからっ!

 えぇ、養子縁組の書類で貴方のお名前は存じてました。マリアさんとカズタカさんの実の娘さん、東雲杏里さんのことは。

 でーもーねっ!? 何故、貴方が現在こちらにいらっしゃったのかは分からないデスヨッ!?

「もー、やっと会えてテンション上がっちゃった。困らせてごめんね。

 でもって困らせついでにお部屋に上げてねっ」

 って、えぇえぇぇぇー!? そんな、いきなり過ぎやしませんか、お姉様っ??

 あと私、家主じゃないんでー。なんてテンパってたら、アンリさんはとってもイイ笑顔で言い切った。

「大丈夫! 許可はとってあるからっ。ねっ」

 んんっ!? どゆことだ?? って思ったら。

 あら、いたのヒロ。

 アンリさんの後ろに、やや疲れたような顔のヒロが立っていた。

「だ、大丈夫? その、授業とか」

「おー、講義終わった瞬間に拉致られて、バイクにケツですんげー怖い目にあわされたけど。まー大丈夫だわ」

「お、お疲れー」

 どうやらヒロはお姉様に半ば強制的に送還されたもよう。うーん、嫌な予感しかしない!

 そんな私達をほったらかしてアンリさんはというと、もう部屋に入ってしまっていたり。

 って、きゃー! 掃除とか何もしてないよぅ!!

 慌てて部屋にあがれば、アンリさんは居間の中央で何かごそごそとタライのよーな物を設置していた。

 いや、それ、どこから出したの。そのリュックの中から? ってか、何でタライ??

 もう疑問しか浮かばない私に―いや、ヒロもわけがわからないだろーけど―アンリさんは少しだけすまなさそうな顔だ。

「ごめんねー、色々試してみたんだけど、やっぱりシャルちゃんの協力が必要だって結論になっちゃったんだ。私としてはあんまり巻き込みたくないんだけど、そーもいかなくて」

 いやだから、アンリさん、さっきから何していらっしゃるんです? タライに水はってるけど、それ○×の美味しい水? って何故?

 もう、わっけわっからーん!!

 パニックに陥っている私にアンリさんはさらに爆弾を落としてくれる。

「いや、もうさ、シャルちゃんが異世界転移した時の穴が塞がらなくてさー。

 どうもシャルちゃん絡みらしいからこの町にいてもらってたんだけど、まさかシャルちゃんを術で探してるとはねー。どーりで塞がらないわけだよね」

「……………はい?」

 えと、アンリさんんんっ? 今、何て言いました? 異世界転移って言った? しかもその穴が塞がらない? って、あの歪みのことか!!

 んで、その原因が私で、術で探されてるって誰に!?

 そしてそしてね? やっぱり何者なんですか、東雲一家ーーーーー!!

「あははははー、こんなこと言われても困っちゃうよねー。でもこれがお姉ちゃんのお仕事なので!」

「仕事? え、まさか、異世界の穴を塞ぐのが?」

「そーそー、こう見えて一応、公務員なのよ? 異世界対策課っていってね、異世界絡みの問題を解決するのが仕事なんだよ」

「って、えぇえぇぇぇぇっ!? そんなものがこの現代にっ??」

「だって現にシャルちゃんは異世界転移してきたじゃない。

 異世界干渉の問題は昔からあるからね。この世界でも均衡を保つ機関がちゃんと存在してるってわけ」

「そ、そうなんだ」

 あー、でも納得かも。

 だってマリアさんは魔力を持ってたし、あのお寺の楠木に感じた気配は異世界転移だろうし。

 それを考えたらそういう組織があったって不思議じゃないかー。

 ってそもそも、異世界に記憶持ったまま転生したり、そのまま転生前の世界にもどったり、しかも転生前の自分の死体を探したりしてる事態が発生してるんだもんね。なんでもアリだよね。

 でもそうかー、異世界対策課でこーむいんかー。

 ん? 公務員? あれ? おまわりさんって、公務員だった、よね?

「あのー? もしかしなくても、ですね? 私が魔法使ったことって、バレてるんでしょーか?」

「っていっても不可抗力でしょ、シャルちゃんの場合。それにちゃんと影響ない範囲での魔法だしー。大丈夫だよ!」

 や、やっぱりバレてるんですかー。だーよーねー。

 顔が引きつってしまった私に、アンリさんはどうしてだかすまなさそうな顔をした。

「というかね、むしろ表だって助けてあげられなくてごめんね。

 シャルちゃんは異世界絡みでも、ちょっと特殊な例でさ、対応が遅れに遅れちゃったんだ」

 そう言うアンリさんの目は、マリアさんの目にとてもよく似てる。

 そっかぁ、この世界に戻って来た時から東雲一家には助けてもらってたんだなぁ。

「アンリさんが謝らなくても。マリアさん達には本当に良くしてもらってますし。

 あ、そうか、マリアさん達もその異世界対策課なんですね! だから私を養子になんて」

「いや、アレは母さんの独断。父さんと母さんは異世界対策課の人間じゃないの。

 あの人達はあの場所を管理するのが役目………な、ハズ、な、の、に!! 勝手に独自調査するわ、対象者に接触するわ、あげくに養子にするわ!!

 こっちの苦労を何だと思ってんの、つーかシレッと娘使ってスケープゴートするとか信じらんない! おかげでめちゃくちゃ怒られたじゃない!!」

 あれ? 思っていたより家庭事情が複雑そう??

 そしてアンリさんがご両親に振り回されているのはよく分かりました。

 最強はマリアさんなのか。覚えておこう。

「でもぉ、そのマリアさんにこの町にもどるようにって言われたんですけどぉ。それってさっき言っていて穴と関係あります?

 あと不思議なくらいトントン拍子に社会復帰できたのも、もしかして?」

「そーそー、もうめちゃ焦ったよ!

 穴が塞がらないのはシャルちゃんが原因っぽいって判ってたから。出ていかれたらどうしようかと! 上手くこの町で社会復帰できてよかったよー。

 あ、異世界人の社会復帰は私達の仕事でもあるんだけどね。

 いや、本当はちゃんと保護する予定だったんだよ? だけどシャルちゃん、後ろに厄介なのがいるしで」

 あ、その厄介なのには心当たりがありますよ。クソ神様ですね。本当に厄介なんですね、ヤツ!

「でも、こうやって会えてよかった。母さん達が養子にするって言った時は反対しちゃったけど、うん、やっぱり良かった」

「は、反対、だったんですか」

 おぉう、ショックだ。いや、実の娘さんだもん、そりゃそうだよねー。

 なんて思ってたら。

「どうしたって変なことに巻き込んじゃうからねー。私達の一家は特殊だもん」

 アンリさんが反対してたのはどうも私を思ってのコトっぽい。こゆとこもマリアさんに似てるなぁ。

 そしてやはり東雲一家は特殊なのかぁ。

 そうだよね、アンリさんもマリアさん程じゃないけど魔力を感じるもん。たぶん色々あるんだろうな。

「異世界対策課の人間は対象者に接触禁止っていう決まりもあるしね。

 だから私、シャルちゃんの顔を見るの、今日が初めてなんだよー。本当に嬉しいっ!」

「えっ!?」

「妹になったのに写真もくれなかったんだから! あんの、クソジジィ!!」

「……………ジジィ?」

「あ、いや、こっちの話」

 アンリさんはブンブンと両手を振るとにこっと笑った。

「大丈夫! 私、正式にシャルちゃんの担当になったから!!

 それになんていったって妹なんだしね! 非合法スレスレでも頑張っちゃうよー」

「いや、そこまで頑張らなくてもっ」

「ダーメ! 母さん達ばっかりズルいじゃない、こんな可愛い子!!

 あとね? シャルちゃん、自分がかなりなレアケースだって自覚しようね? 危ないんだから」

「え、そんなに?」

「そうなのです。まさに世界の危機。シャルちゃんの行動しだいで人類滅亡しちゃうかもよ?」

「……………じょ、冗談、ですよね?」

 冷や汗が出てきた私にアンリさんは爽やかに言った。

「冗談にしたいなら協力してね!」

「します! させていただきます!!」

 必死でコクコクと頷くとアンリさんが「じゃー、はじめようか」と水を張ったタライに手をかざした。

 すると何かを落としたわけでもないのに、タライに波紋が広がった。そしてその波が引いた水面に、一人の少女が映しだされる。

 幼げな庇護欲を掻き立てられる可愛らしい顔。短かった巻き毛は今は淑女らしく伸ばされ、編み込みして纏められている。

「彼女に見覚えは?」

 アンリさんの問い掛けに私は全てを悟り、そして意外にも思った。

「男爵令嬢、リリス・イヴァンカ様です。その……………私と婚約していた王子のカイン様と恋人になられた方」

 つまりはヒロインですね。

 後ろで事の成り行きを見守っていたヒロが息を呑むのが聞こえた。うん、私もびっくりだよ。

「彼女が術で私を探している、ってことですか?」

 しかもその術があの異世界転移の後の歪みを広げている、と。

「どうやら、そうみたい。

 ね? シャルちゃんでないと解決できなさそうでしょ?」

 ですよねー。だって彼女ってばヒロインらしく魔力が凄まじいし、ハイスペックなのだよ。しかも諦めないというヒロイン要素がもう怖いよね!

 でもライバル―つまり私だ―消して、あとは王子のお嫁さんになるだけなのに、何故に私を探しているの? 謎だわ。

「解決できますかね?」

「してもらわなきゃ困るよー」

 アンリさんの笑顔にすごい圧を感じるっ。

 でも私、彼女に出し抜かれてるんだよ。まんまと婚約破棄されちゃった悪役令嬢なんですけどっ!

「大丈夫。私がフォローする。シャルちゃんなら、きっと出来る!」

「は、はい!」

 心強いお姉様! その言葉、信じますからね!?

 そんなわけで、私はまさか現代でライバル、ヒロインと再び対峙することになったのだった。








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