第17話 彼の追憶
俺は終始楽しげに笑う彼女を見ていた。
シャリエール・フラメル、いや今は東雲シャリエールとなった女を。
彼女は俺のアパートを訪ねてきた時から、何一つ変わっていないように見えた。
けれど彼女を取り巻く環境は確実に変わった。いや、一番変わったのは、たぶん俺だ。
頼子が消えて、彼女が現れて、頼子の生まれ変わりだと言われて。
けれどその後、頼子の生まれ変わりだいう前提が揺らぐ事実が分かって。
そこで俺はようやく、彼女を知るべきなんだと気付いた。
俺は彼女のなかに頼子を探していた。そして、それは確かに見いだすことができたんだ。
でもそれは、彼女のほんの一部にすぎなくて。だから、簡単に揺らいでしまった。
俺はマリアさんとカズタカさんに出会ったあの日から、彼女を―――シャリエールを観察し続けた。
好きなもの、嫌いなもの。クセや仕草。
どんなことに興味があり、またどんなことに警戒するのか。
頼子とそっくりなことを言ったり、同じクセを見つけたり。頼子が好んで食べていたものを同じリアクションで頬張っていたり。
シャリエールに頼子の面影を見つける度に苦しくなった。
違う。彼女は違う。
もしもシャリエールが頼子の生まれ変わりだとしても、やっぱり彼女は頼子じゃないのだと、自分に言い聞かせた。
シャリエールが頼子の生まれ変わりでも、そうじゃなくても。どちらも苦しかった。
俺は頼子が好きで、そしてもうシャリエールのことも大切に思ってしまっていたんだ。泥沼だった。
なのにシャリエールは今日も綺麗に笑っている。
きょんちゃんの前で、何でもないような顔をして。
本当は無理をしているんだろう。自分の記憶と事実が食い違っていた時に見せた顔が、偽りのない彼女だろう。
シャリエールは隠し事をよくする。それに作り笑いも。
頼子は嘘を吐く時、ちらっと上を見るクセがあった。その嘘もだいたいがしょーもないものだったけど。
シャリエールにも同じクセがあって、けれど彼女は頼子と違ってその嘘を貫き通そうとしているように見える。
彼女は頼子じゃない。だが俺は、まだそれが実感として分からない。
そんな自分が嫌だと思う。
だというのに。
頼子と一緒に過ごした場所に来て、学校を見て回れば、シャリエールと頼子を重ねてしまう。
他愛ないやりとりが高校生だった頃を思い出させて。懐かしさを共感できるような顔を彼女がする度、彼女のなかに頼子を見つけてしまう。
追憶は頼子とシャリエールを近くするばかりで、俺は学園祭に来たことを少し後悔した。
だって俺が言葉を飲み込む度に、彼女は傷ついたような顔をするから。
傷つけたいわけじゃないんだ。
きょんちゃんを散々構い倒し満足そうにしている彼女は、自分がどれだけ優しく切ない目できょんちゃんを見ているか知らないのだろう。
それが分かっただけでも来た意味はあったのだと、自分の気持ちをなだめながら俺はシャリエールの傍にいた。
学校からの帰り道、頼子がよくそうしていたように白線の上を歩くシャリエールが、俺に言った。
「今日はありがと」
「別に………お礼を言うことでもないだろ」
「いやいやー、言うところでしょ。
ヒロは優しいからさー、どんどん背負い込んじゃうじゃん。私が言うなって話だけどさ」
「そんなんじゃねぇよ」
けれど、俺の声は自分でも分かる程弱かった。
シャリエールは困ったようにちらっと視線を上に泳がせて、それからにこっと笑った。
「あんまり無理しないよーに! ってこと。私もそろそろ大丈夫になってきたしー。あ、借りてたお金はちゃんと返すから!
だからさ、うん。ヒロが背負っちゃわなくていーんだよ。実際、なんとかなりそうだしさ!」
彼女の言葉は、俺の支えなどいらないと、自分でなんとかするからと、そんな風に聞こえる。
その時、俺には、はっきりと彼女が見えた。
白線の上を歩く、頼子に似た言動をとる、金髪碧眼の美女。ふわふわと不安げに、俺を見ることなく歩いている、彼女の姿が。
ほとんど反射的に俺はシャリエールの手を掴んでいた。だって―――――彼女はそのまま消えてしまいそうだったから。
驚いたような顔をしてシャリエールが立ち止まった。
「な、何?」
そんな彼女を俺はじっと見つめる。
大丈夫なんてのは嘘だ。けれど彼女は、シャリエールはその嘘を貫く。そしていつの日か―――――。
だったら、俺は。
「何でもない。……………………帰ろう、シャル」
彼女が目を丸くした。だが俺は気付かないフリをして彼女の手を引いた。
面影を追いかけるのは、もう止めだ。
手に感じる確かな感触を思って。
俺はシャリエールと家路をたどった。
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