第13話 彼の苦悩
もう、何がどうなってんだ!! と、叫びたい気持ちでいっぱいだ。
俺は寝るようにと案内された部屋で一人、頭を抱えた。
え? 頼子は死んでいないのか? だったら、シャリエールのあの記憶は? 彼女は本当に依子でなかったら知らないようなことまで知ってたぞ?
いや、というより! 何でシャリエールが異世界から来たって、あの人達は当たり前のように受け入れているんだ?
しかも彼女を養子にするだって!?
それはありがたいけど、って、待て待て待て。一旦、落ち着こう、俺。
息を吐いてー、はい、吸ってーーー。
「って、落ち着けるかっ!」
ああ、つい言葉が出たよ。一人ツッコミか? いよいよヤバイな、俺。
でも、少し冷静になってきた。で、現状がものすごく異様だって気付いたぞ。
これ、この混乱は、初めてシャリエールが部屋に来た時と同じ感じがする。
つまり、あり得ないことが起こってるってことだ!
学習したぞ。ってことは、だ。
俺はそーっと襖を開けて廊下をうかがう。
やっぱりな、シャリエールが部屋から出ていったみたいだ。外だな。
俺もそっと廊下に出て、あとをつけようとしたら。
「おや、眠れませんか?」
「ッ、あ」
し、心臓が喉から出るかと思ったッ!
振り返れば、そこにいたのはカズタカさんだった。
「いや、その、シャリエールが」
外に行ったようなので、と言おうとすると、カズタカさんは小さく首を振った。
「今はおよしなさい。大丈夫。彼女は君のところへ帰ってきますから」
だから、なんで貴方達はそう不可解なことばかり言うのか。
俺の疑いを含んだ目にカズタカさんはにこりと笑う。
「何事も手順というものがあるでしょう。彼女にも、そして君にもね」
何の手順だ?
「わけが分かりません」
「だから、ですよ。それこそが、君が知りたいことを知るのは今ではない、という証ではないのかな」
つまり、まだ俺に知られたくないことがあるってことか? それとも、本当に知るべき時ではないから?
考え込んでしまった俺をカズタカが見やり、複雑そうな顔で言う。
「疑心暗鬼になっているんですね。君はもうずっと、そんな状態ですか?」
「……………何のことですか」
思案した後「そうだ、お白湯でも振る舞いましょう」と、カズタカさんは奇妙なことを言い出した。
「さあ、こっちです」
何というか、夫婦そろって押しが強いな。
「でも、シャリエールが」
「あの子なら大丈夫ですよ。それは君が一番よく分かっているのでは?」
「いえ、そんなことは」
「彼女はお金を持っていないんでしょう? なら、どこかに行けるはずはないじゃありませんか」
あ、それもそうか。いや、しかし。
「ほらほら、温かいものを身体に入れれば気も持ち直しますから」
カズタカさんの勢いに負けて、俺は素直に従うことにした。
台所まで連れてこられると、カズタカさんは鍋に湯を沸かしはじめた。
「あ、そこら辺の椅子に座ってくださいね」
「はあ」
昼間も思ったが、毒気を抜かれるような人達だ。
カズタカさんは湯飲みを二つ棚から出すと、沸かしたお湯をそれに注いだ。
「はい、どうぞ」
手渡された湯飲みは温かい。
「どうも」
唇を湯飲みに近付けると、それなりに熱いことがわかる。すするようにして白湯を飲むと、その熱がじんわりと身体に入ってきた。
「焦るとね、大きな間違いをしやすくなるもんです」
唐突に言われたそれに、俺は首を傾げた。
「焦る?」
「君の場合は、不安がっているのかな」
俺は黙った。
「君を見ているとね、昔の自分を思い出します。
私もね、ずいぶんと空回りして、焦って、しなくても良いことやしてはいけないことを沢山してしまいました」
ぽつぽつと語るカズタカさんの声はお坊様らしく響くような、けれど優しさのこもったものだった。
「ゆっくり状況を見定めるべきですよ。空回りしない為にも、ね」
「…………見定めるもなにも、全く見えやしない場合は、どうしたらいいんですか」
こぼした俺にカズタカさんはしばらく考えてから神妙な顔で言った。
「君の探している彼女は、さしずめ『シュレーディンガーの猫』だと思うことです。
知っていますか?」
思わぬことを言われて俺は少したじろいだ。
「科学の概念、でしたか? 俺は文系なので詳しくはないですが」
「正確には量子力学の思考実験の話ですね。
あえていうならば、生きながらにして死んでいる猫のことです」
「生きながらにして、死んでいる」
それが、頼子でありシャリエール?
「イメージが難しいでしょうか。上手く伝えられずにすみません」
「いえ、そんなことは」
カズタカさんの話は固くなった思考を解いているような、もっと混乱させているような。
「捉われる必要はありませんよ。私の言葉にも、です。君は君の答えを見つけたら良い。焦らずに、ね」
そうは言われても、自分はいつ問いをたてたのか、そして本当にその答えを知りたいと思っているのか。
カズタカさんが言うように、時間が必要なのかもしれない。
「ああ、でも一つだけ」
カズタカさんが何気なく、といった風に付け足した。
「これが大切、という気持ちは、けして手放してはいけませんよ。
たとえ猫が生きていても、死んでいても。大切な想いは絶対に絶対に、手放したらダメです」
しみじみとした声だった。
この人は、その大切な想いを手放さなかったんだろうか。
「…………………はい」
俺は堅い声でそう頷くしかなかった。
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