第11話 彼女の出会い


 不思議な女の人に手を引かれ、私が連れていかれたのはお寺だった。

 門をくぐり、玉砂利の道を進んで行く。

「あなたー、お客様よぉー」

 彼女の声に、本堂の中から住職さんと思わしき人がひょっこりと現れた。

「やれやれ、いないと思っていたら。やっぱり迎えに行っていたんだね」

「だって、あんまりにも心配で。それに迎えに行って正解でしたよ」

 そこで作務衣を着たその男の人がこちらを見た。

 剃髪した頭。眼鏡をかけた優しそうな顔の人だった。

「そうかもしれないけれど。こんなに戸惑っているじゃあないか、二人とも」

 そこで私はヒロが沈黙したままついてきていたことに気が付いた。

 あれ? いつの間にか、身体の震えが止まってらー。

「さぁさ、上がってちょうだい。今、お茶を淹れましょうね」

 人懐っこい口調で言われ、私達は言われるままに、本堂の隣にある家へ上がった。

 そして座敷に通され、座布団に座らされる。

「足は崩してね。あっ、和菓子、大丈夫かしら? 紅茶が良い? それとも煎茶?」

「和菓子は、好きです。煎茶でお願いします」

 どこか楽しげな彼女のペースにすっかりのまれてしまう。

 気付いた時には、ほっこりとどら焼を食べながらお茶をすすってた。何、このマジック。

 ヒロも神妙そうにだけど、どら焼を噛っている。さっきまでの警戒心はどこへやら、だよ。

 なーんて気が緩んでたところに。

「それで提案なんだけど。お嬢さん、うちの子にならない?」

「んぐっ!?」

「ッ、ゴフッ!!」

 何かとんでもないことを言いだしたっ!?

 んでもって、どら焼、喉につまらせた! つーか、隣でヒロはむせこんでるし!

「マリア、いきなり過ぎるだろう…………」

 心なしか、住職さんが同情するような目で私達を見ている気がする。というか、マリアさんっていうのね、この人。

 そのマリアさんはというと、「あらまあ、大変! 大丈夫?」と私達を気遣ってくれる。

 けど! いや、貴方の発言の所為ですからねっ?

 なんて思いながらお茶をごくごく飲みほして、どら焼を胃に押し込んだ私に、彼女は今気が付いたという風にぱちんと手を叩いた。

「そうね! 自己紹介もまだだものね!!」

 にこにこ顔を崩さずに彼女は名乗った。

「そちらの彼はまた会いしましたね、そしてお嬢さんは初めまして。

 私はシノノメマリアといいます」

 マリアさんのそれに、住職さんもにこりと笑って名乗ってくれる。

「私はシノノメカズタカです。

 マリアとは夫婦で、このお寺の管理を任されております」

 何となく察していたけど、住職さんとマリアさんはご夫婦だったんだね。いったいどんな経緯があったのかは気になるけど。

「それで、お嬢さんのお名前は?」

 ですよねー、この流れじゃそう聞かれますよね。

 というより、名前も知らない女の子に「うちの子にならない?」提案したマリアさんにびっくりだよ。

「シャリエール・フラメルと言います」

 マリアさんは私に頷き、それからヒロを見た。

「貴方は?」

「…………加納弘一です」

 幾分、警戒心がこもったヒロの声。けれどマリアさんの笑顔は変わらない。

「シャルちゃんとヒロ君ね。

 私ったら、貴方達が心配で先走っちゃったわ。でも、もう大丈夫ですからね」

「いや、だから、何故、俺達の心配を? 貴方は何者ですか?」

 ヒロの質問にマリアさんは柔らかく言う。

「迷子の子供を見たら、誰だって心配するものでしょう。私はただのお節介なおばちゃんってところかしら」

 質問に答えているような、いないような。そんなマリアさんに。

 えーい、もうこうなったら単刀直入! 私は思い切って聞いてみた。

「貴方は私と同じ、別の世界から来た人ですか?」

「ッガハッ」

 隣でまたヒロがむせた。

「まあ、大胆な質問ね。でも、ごめんなさい。私は別の世界から来たわけでも、外国から来た人間でもないの。

 こう見えて、日本生まれの日本育ちなのよ」

「ええっ!?」

 ん!? その顔立ちでっ??

 マリアさんがいたずらっ子のようにニヤリとした。

「見えないでしょう? でもホント」

 えー、マジかー。

 マリアさんは驚く私達に教えてくれた。

「実は、父が日本人じゃないの。だからシャルちゃんを養子にしても、父の国の親戚を引き取ったって言い訳が成り立つってわけ」

 あ、成る程、ハーフさんだったわけね。でもって、それなら今の私の容姿のままで大丈夫、と。

 いや、しかし、養子って。本気?

 私の疑わしそうな目に、カズタカさんが苦笑いしながらも言い添えた。

「戸惑うのはもっともだけれど、私達は君達の力になると決めていたんだ。

 加納君、君がマリアと出会った時からね」

 んっ? ヒロは私を―頼子を探しにこの町に来たんだよね?

 そのヒロと出会った時には、マリアさんもカズタカさんもこうなることを予想してたってこと?

「もちろん、君達の意志を尊重するよ。だけどね、できるなら私達を頼ってほしい。

 ほら、使えるものは親でも使えっていうでしょう? あれ、違うかな?」

 人の良さそうな笑顔を浮かべているカズタカさんは嘘を言っていなさそう。それにコクコク頷いているマリアさんも。

 二人は本気で私を養子にしようとしているんだ。たぶん、私が異世界から来たって知っていて。

「……………考えさせて、もらえませんか」

「もちろんよ! ああ、そうだわ!! 二人とも、今夜は泊まっていきなさいな」

「そうですね。そうさせてもらいます」

 私の返答にヒロはぎょっとした。

「ちょ、何言ってるんだ!?」

さっきから驚いてばっかりだね、ヒロ。

でも、私には確かめなくちゃいけないことができたんだよ。

「私はここに泊まらせてもらう。ヒロは?

 …………………………帰ってもいーよ?」

 ヒロが目を見開いて私を見た。

 そんな顔しないでよ。なんて、言えないけど。

「――――ッ、俺も、残る」

 強張った声でそう言うヒロは、やっぱり優しいね。

 心の底では泣きたくなるくらいほっとしてる。でもそんなことヒロに伝えられない。

 巻き込みたくないんだよ、本当は。意志の弱い私はなかなか貫き通せないけど。

「そっか。ありがと、ヒロ」

 そう言うのが精一杯。

 マリアさんとカズタカさんはそんな私達を優しい目で見ていた。

 どうして二人が私に協力してくれるのかは判らなかったけど、信じてみたいって思う。そんな出会いだった。







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