第10話 彼女の事故現場


 やってきました! 事故現場〜。

 あれだね、現場百ぺんってヤツだね!

 てか、ヒロがずっと私を気遣うように見てるんですけど。心配なんだろーなぁ。

 だから私はにっこり笑って言った。

「大丈夫だよ。即死だったから覚えてないし!」

 それ故に問題も多いんだけどね!

 ヒロは顔をしかめて、ぺしりと私の頭を叩いてきた。

「そーゆーこと言うな」

 でもその手は優しくて、何時でも触れられる距離にある。

 最近、ヒロは私に触ることに抵抗がなくなってきたなぁ。というより、こういう軽い触れ合いをよくしてくれるようになった。慣れてきたのかな?

 それとも、今日のことがあるから気を遣ってたのかもしれない。

 本当のこと言えば、やっぱり頼子が死んだ現場なんて恐いけど、確かめなきゃいけない場所だっていうのは嫌ってほど分かってる。

 だから覚悟して来たんだけど。

 これが、本当になーんにもないの。

 もー、綺麗さっぱり。ブレーキ痕すらないって。

 あれー? ってことはだよ? 頼子ってまさかだけど、死んでない?

 え? じゃー、私って何者??

 途端に足元がおぼつかなくなった。だってさ、もし、もしも頼子が死んでないなら?

「おいっ!?」

気付いたら、ヒロが必死の形相で私の肩を揺すっていた。

「あー、その、ちょっと、ショックで」

「………………そう、か。じゃあ、休むか。確か公園があったはずだから」

「うん」

 支えてくれるヒロの手に縋るみたいにして歩く。

 よかった、ヒロと一緒に来て。一人だったら、座り込んじゃってたよ。

 それぐらいにショックな光景だった。

 私の記憶は頼子のじゃないの? あの事故は、起きてない?

 頭がクラクラする。

「とりあえず、座っとけ。あと、ええと、何か飲むか?」

「………ごめん、ヒロ。私、混乱してて。ごめん」

 心配してくれるヒロに震える声で言う。

 ってゆーか、私、心配してもらう資格、あるの?

 そんな私を見て、ヒロは少し躊躇ったようだったけど、隣に座って私の腕を引き寄せた。

 ふっと力が抜けて身体がヒロに寄りかかる。

「何の痕跡もなかったって、言っただろ」

「………………うん、そー言ってたね。だけど、何かあるって、私なら、頼子の記憶を持ってる私なら、何か分かるって思っちゃってたんだ」

「そうか」

 でも、それだけじゃない。

 ああ、ちゃんと言わなきゃ。ヒロに、言わなきゃ。

「あのね、ヒロ、さっきの事故現場ね」

「いや、今はいい。落ち着いてからで」

「ダメ。ちゃんと聞いて」

 ヒロの顔を見たら、思いの外それは近くにあって、それが堪らなく怖い。

 心配そうな瞳も、不安げな口元も、彼の全部は頼子に向けられているものだから。

 なのに、私は。

「違った」

「え?」

「記憶と、違ってた」

「………………あの場所じゃないのか?」

「そうじゃないの。もっと、根本的なこと」

 そう、私の記憶の、根幹。

「頼子が事故にあったのを覚えてる。血の跡も。ぶつかった時に聞こえたブレーキの音も。

 そうやって事故で死んだって、思ってた」

 でも、あそこにはそんな跡なんかなかった。ということは。

「待て。ちょっと待て!」

 動揺したようにヒロが叫ぶ。

「じゃあ、お前は」

 聞きたくない絶望的な台詞が聞こえる、その直前で。

「もう! 困ったことになったらいらっしゃいって言ったのに!」

 品の良い優しげな声が響いた。

「……………………え?」

 私はその人を見て驚いた。

 輝く銀髪と深い蒼の瞳。明らかに日本人ではない顔立ちの年配の女性。

 でもそんな容姿に驚いたんじゃない。

 そんな見かけより、彼女の気配の方がよほど衝撃的だった。

 だって彼女は――――魔力を持っていたから。

「どうしてここに、貴方が?」

 呆然としたヒロの問い掛けに、彼女は怒ったように腰に手をあてて言った。

「心配だからです! まったく、こんなに青ざめて可哀相に」

 彼女は私を気遣わしげに見ると、すっと手を差し伸べた。

「困っているのは、貴方?」

 どうしよう。

 この人は私を助けてくれるんだろうか?

 迷っている私を庇うようにヒロが立ち上がった。

「いきなり言われても困ります」

 そんなヒロをじっと見つめ、彼女は首を傾げた。

「彼女が貴方の探していた人?」

 ヒロが息を呑んだのが分かった。それが怖い。

「………分かりません」

 身体が震えた。

 泣くな!! こぼれそうになった涙を眼圧で押し止める。

「あら、素直過ぎるわ。でも誠実ね」

 そして彼女は私に微笑む。

「逆に、貴方は素直じゃなさすぎる、と」

 彼女はゆっくり私に近づくと、ヒロをぺいっと脇にどけて、私の手をとった。

「とにかく、いらっしゃい。こんな子、ほうっておくわけにはいかないもの」

 強引なようで、そっと添えられただけの彼女の手。

 私は誘われるままに、立ち上がった。







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