第9話 彼女のお守り
さて、頼子の部屋でやるべきことをやり終えて、ヒロのところに戻ってきたんだけど。
うん、ヒロが不審だ。
何か言いたげなんだけど迷ってます! ってオーラがミエミエですよ?
んでもって、きょんとメアドの交換してるけど、やっぱり何か変だ。
「きょんちゃんさ、その、彼女と一緒で平気だった?」
「え? 彼女って……………あ、シャリエールさんとってことですか? 別に平気でしたけど」
「そっか。なら、良かった。できれば、彼女と仲良くしてくれると…………助かるかな、と」
「?」
ヒロ、奥歯に何か挟まってんの? ってカンジだ。
きょんも怪訝そうな顔をしてる。
「あー、いや、なんて言ったらいいかな」
「ヒロ兄、何を考えているかは分からないけど。私はシャリエールさんを嫌っていないし、協力しあうことに決めたから。
だから、絶対に何か分かったら連絡してね? 絶対だよ?」
「………………分かった」
あ、ヒロのこれは嘘だな。私には分かっちゃうよ。
ヒロめ、きょんに隠しておきたいことがあるんだ。それがずっとなのか、今だけなのかは分からないけど。
でもって私にそれを打ち明けようか迷っている、と。
だから、きょんを見送った後、私はズバッとヒロに聞いた。
「で、ヒロは何を隠してるの?」
「なっ、隠してるって、何だよ」
おや、誤魔化すのかな?
「何か言いたいこと、あるんじゃないのー?」
隠し事を責めたいわけじゃないんだけど―私にもあるしね―でも、そんな迷ってる顔をされたら聞くしかないでしょ。
「珍しく、鋭いな」
「女の勘ってやつよ」
「それ、言いたいだけだろ」
ヒロが迷っている時って、大抵は誰かを思っている時だって私は知ってる。たぶん、私を気遣ってるんだってことも判るよ。勘なんか働かなくてもね。
「で? 何を考えてるの? けっこー怪しいよ? 今のヒロ」
「………………お前に言われたくない」
ヒロはため息を吐いたけど、素直に白状する気にはなったらしい。
「昨日、お前が話してくれたことだけど」
「事故のこと?」
「そう。俺、そこへ行ってみようと思う」
うん? それを何故、隠す必要が?
きょとん、としてしまった私に、ヒロは複雑そうな顔をした。
「俺だって頼子を見つけようって、必死なんだよ。でも、あの町では何も見つからなかった」
「え? ヒロ、もうあの町に行ってたの?」
「……………頼子が宿にいかなかったって小母さんに電話もらった日に、すぐ、な。
あのなー、宿ってのはキャンセル料金が発生するんだぞ、分かるかー?」
「うぅ、お手数かけました」
「小母さんに頼まれたしな」
ヒロは何気に私の家族と仲が良いんだよねー。
高校生の時から付き合ってるからかな。家にもよく遊びに来てたし、お母さんも「息子ができたみた〜い」って喜んでたしなー。
にしても! 娘の彼氏の電話番号知ってたの、母よ!! それはそれで、複雑よ!?
そんな私の葛藤なんか知らずに、ヒロは話を続ける。
「本当に、何の痕跡もなかったんだ。
それでも、もう一度あの町に行ってみようと思う。それで」
そこで口ごもったヒロに私は思わず笑ってしまった。
「私も行くに決まってるでしょー。あ、でもお金、二人分になっちゃうか。出費がイタイ?」
「いや、一緒に来てくれって言うつもりだったから。まぁ、お金のことは、気にするな」
うーん、でもこれもそろそろ何とかしたいところなんだけどね。
せめて、住民票くらいは確保したいなー。
でも今はとりあえず、事故現場の確認はしておこうか。
「それと…………………いや、あっちに行ってから、また話す」
「んー? 言いたくないってこと?」
「違う。どっちかっていうと確信がないっていうか、俺もよく分かっていないから説明できないって感じだ」
「ふーん? とにかく、あの町に行ったら分かるわけね?」
「ああ……………たぶん」
歯切れの悪いヒロのそれに疑問は浮かぶけど、それ以上は詮索しない。ヒロが話せる時に話してくれればいい。
そう思ったとこで。
「で、お前こそ、何を隠してるんだよ」
「んぇっ?」
おもむろにヒロに聞かれて、変な声出しちゃったよ!
そんな私をヒロがジト目で見る。
「きょんちゃんにひっついてった理由、あるんだろ?」
「あー、うん、一応ね。
私もあの町のことが知りたくて。頼子が予約した宿とか、忘れちゃってたし」
「それだけか?」
「うっ」
ヒロに睨まれて、私はポケットからたった一つだけ、あの部屋から持ち出した物を取り出した。
それは学生手帳。高校生の頼子が目一杯落書きした、二年生の時のものだった。
「これだけ、持ってたかったんだ」
頼子はこれを本当に大事に保管してた。
「なら、俺が取りに行ったのに」
そう言うヒロに私は首を振った。これだけは、ヒロに見られたくない。
ってゆーか、ヒロだけじゃなくてきょんにだってダメだ。
だって、これは――――ヒロに片思いしてた頃の秘密ダイアリーなんだからっ!
見られたら本気で死ぬ!! 噴死するっ!! ってシロモノなのだよ!!!!
「お守りだから」
これは嘘じゃない。
頼子の記憶と一致する物を一つでいいから、持っておきたかった。
この手帳にはヒロへの想いとか、付き合えることになった時の嬉しさだとか、家族の誕生日とか、頼まれ事だとか、宿題の提出期限とか、些細だけど頼子の幸せだった記憶がつまってる。
だから、これは私のお守りだ。頼子の記憶を持って生きてきた、シャリエールの。
ぎゅっと握り締めた手帳にヒロは気付いたかな。
一度だけ、ヒロに見せたことがあったんだけど。忘れちゃったかな。だけどヒロは何も言わなくて。
手帳のことを覚えているのかは分からなかったけど、それでもヒロがただ小さく頷いてくれたから、私はもうそれで十分だと思った。
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