第8話 彼女の部屋


 ああっ! 愛しのマイルームにやっと来ることができましたー!

 でも正直、あんまり懐かしくないなー。まだ住んで日が浅かったからかな。

 渋るきょんをベッドで寝かせて、私がソファーに横になると、すぐにきょんの寝息が聞こえてきた。疲れてたんだね。

 きょんはヒロの部屋の前で、不安な気持ちのままずっと待っていたんだろうな。

 でもってその不安は、きっときょんだけじゃないはず。

 お母さんも、お父さんも、本当はヒロだって。皆、頼子の無事を願って、探しているんだろう。

 ぎゅうっと苦しくなる胸を深呼吸してなだめる。

 私はもうシャリエール・フラメル。頼子は死んだ。そのはずなんだから。

 完全にきょんが寝入ったことを確認して、私は机にむかった。

 パソコンを起動させて、頼子が事故にあったあの町の情報をざっと確認する。でもこれといって目立ったニュースはなかった。

 宿の住所と駅やだいたいの道なんかも記憶する。もちろん、事故にあった場所も、だ。

 この町には行かないと駄目だろうなー。というか頼子を早く見つけたい。

 こんな中ぶらりんのままじゃあ、辛いもん。

 きょんを起こさないように静かに確認を終えてパソコンの電源を切る。

 明日アパートを出る時にブレーカーを落としておいたほうがいいのかな? 電気料金を払うのはお父さん達だしなー。

 あ! なら冷蔵庫のなかみとか食料品も片付けないとだな。腐っちゃうもんねー。

 なーんて考えて気を紛らわしてるけど、そんな風にしていないと大声で泣き叫びそうだった。

 だって頼子の思いが、記憶が、死にたくないっ! って私のなかで暴れるんだもん。

 本当に、どうしてくれよう、だ。

 もうとっくの昔に受け入れていたはずの頼子の死が、まさか今になって跳ね返ってくるなんて、ね。

「う、んぅ」

 きょんが身動ぎして、その顔を見て気付く。うなされているんだ。

 私は眉間にしわを寄せているきょんの頭を優しく撫でた。

 お姉ちゃんを探してるんだね、きょん。

 見つけたいのは、こんな金髪碧眼の見知らぬ女なんかじゃないんだよね。ごめんね、きょん。

 ……………私は今でも皆のこと、大好きだよ。

 頼子として、大好きな人達のところに戻れたら、どんなに良いだろうって思う。

 この部屋に何食わぬ顔して戻ってきて、皆に怒られて、泣かれて、愛してもらえて、それで、それで――――。

 そんな未来を思い描くよ? この状況下じゃね。

 それが選べたら、きっと皆が幸せになれる。

 ―――――――死体になった頼子以外は。

 あー、やっぱり私は馬鹿なんだなぁ。けっきょく、そうなんだなぁって情けなくなる。

 ザマァできなかったのも、王子様を好きになれなかったのも、馬鹿だったから。

 選べないんだ、自分に嘘をつくことを。

 気持ちを偽れない。周りを騙しきる自信もないし、やりたくもない。

 どうとでもできる魔法で頼子の死をなかったことにして、皆が幸せになるストーリーにすることだってできるのに。

 私はそれが選べない。

 まぁ、だから追放されて、逆異世界転移なんてことになってるんだろーけど。

 ぐるりと部屋を見渡して苦笑いする。

 読み耽った漫画。夢中になったゲーム。ちゃんと全部覚えている。

 どこに何がしまってあるかとか、アルバムの写真の思い出だって、言うことができる。

 でも、ダメなんだ。私は頼子じゃないんだもの。

 悲しいくらいそれが分かってしまっていて、私はソファーにもどって毛布を被った。

 少し眠ろう。それで、朝には笑えるようにしよう。ちゃんときょんに「おはよう」って言わなくちゃ。でもって、ヒロのところに帰るんだ。

 私は目を瞑る。

 全て夢にならないかなぁ、なんて都合のよい妄想をしながら。

 私は頼子の部屋で眠った。





 残念なことに転生悪役令嬢の話は夢オチにはならなかった。だよねー。

 私は金髪碧眼美女のまんまで、きょんはベッドで寝ていて、もう外は明るい。

 さて、新しい一日の始まりだ。

 私は大きく伸びをする。

 やれることをやっていこう。泣いたって、後悔したって、そうやって生きていくしかないんだし!

 だから、まずは。

「あーさーだよーっ!」

 勢いよくカーテンを開けて、きょんを起こしにかかる。

「ふぇ? あ、さ? あれ?」

 その寝ぼけた顔がまた可愛いっ! わしゃわしゃしたい衝動を抑えて、私はにっこり微笑んだ。

「おはよー」

「………………おはようございます」

「朝ご飯はコンビニでいーい?」

「あ、ハイ、大丈夫です」

 どこかまだぼんやりとしているきょんを急かし、部屋を片付けた。

 黒歴史も処分したい衝動にかられたけど、そこは我慢だ! でも妹よ、今は見てくれるなッ!!

 不審そうなきょんの視線を悪役令嬢で体得した令嬢スマイルで誤魔化して、私は頼子の部屋に別れを告げたのだった。







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