第3話 彼の決意


 夢を見たのだと思った。

 いなくなった彼女が帰ってくる夢。

 それも姿がまったく変わっていて、死んで悪役転生したのだとか、超非現実的なことを言っている、夢。

「んなわけ、ないよな」

 目覚めた部屋はがらんとしていて、自分一人きりだと分かった途端、力が抜けて呟いてしまった。

 そんな変な夢を見たのは、ここのところずっとまともに寝ていなかったせいなんだろう。

 頼子のことを考えたら寝られなかった。昨日は何故だかぐっすり寝れてしまったんだけれど。

 ―――――頼子が死んだ?

 頭をかすめた考えを振り払う。違う! そんなものは信じない。信じていないはずなのに。

 だったら、何であんな夢を見る?

「くそっ!」

 ガリガリと頭を掻いて、とりあえず朝飯を食べようと冷蔵庫を開ける。が、何も入っていない。

 ああ、昨日、ついでに朝の分も買っとくべきだった。と思ってふと、昨日? と疑問が浮かぶ。

 いや、あれは夢だろう?

テレビに目をやれば、何故かゲーム機が引っ張り出されている。

 夢だよな?

 思わず風呂場を覗く。何もない。洗濯機には、ここ二三日ため込んでいた洗濯ものがごちゃっとあるだけ。

 いったい何を期待していた? ドレスでもあるってか? バカらしい。

 ともかくコンビニだ。メシを食おう。財布と鍵を持って部屋を出ようとして。

 え? 何でだ? 財布と鍵がない。

 嘘だろ? どこでなくした? 昨日、コンビニに行った時にはあったのに。

 いや、だから、あれは夢―――――どこからが夢だ?

 もう分からない。頼子がいなくなってからずっとこんな調子だ。狂ってしまったんだろうか。

 死んだ? 頼子が? 何でそんな事を考える? 信じることに疲れたのか?

 ダメだ、ダメだ、ダメだ。この思考はとにかくダメだ。

 とりあえず財布と鍵を探そう。この部屋にあるはずなんだから。

 それからノロノロと部屋を探し回った。意味もなく物をどかしてみたりする。

 そんなところにあるはずもないと知っているのに。

 どこにいったんだよ。何でないんだよ。何が起こってるんだよ。

 ソファーにへたりこんで頭を抱える。

 どこ、いったんだよ、頼子のヤツ。

 泣きそうになった、その時。

 ガチャン、バタン、と、扉の開いて閉まる音がした。

 恐る恐る顔を上げた、その先に。玄関に。

 金髪碧眼美女がいた。頼子がよく着ていた、ゲームイラストのTシャツが違和感ありすぎだ。

「あ、起きたー? 朝御飯、何にもなかったら買ってきたよー」

 その格好でコンビニに行ったのか? 勇者? っていうか、これは夢?

「えとねー」

 ビニール袋からがさごそ買ってきた物を取出しはじめた、その彼女を思わず抱き締める。

 夢じゃない。ちゃんと、ここにいる。

 それが分かったら、腕にもっと力が入ってしまった。

「………………痛いよ」

 抗議する声も、身体も、彼女の顔も。何もかもが頼子とは違う。

 でも、分かる。

 これは、頼子だ。頼子が帰ってきたんだ。

「勝手に、出ていくな」

「ごめん。寝てたからさ。起こしたくなかったんだ」

「あと、財布と鍵も、無断で持ってくな」

「でも閉めていかなきゃ無用心じゃん。あと、私お金持ってないからね。ニートだからね」

「とにかく、出ていくな。それだけ、約束してくれ」

「………………………うん」

 彼女が頷いたので、腕の力を緩める。と、下から覗き込んでくる彼女と目が合った。

 う、美人だ。しかし、なかみは頼子。このあたり、まだどう接していいのか分からない。

 ので、とりあえず身体を離す。

「今、ちょっとドキッとしたでしょ」

「お約束だからな」

「そういうことにしといてあげよう」

 ああ、夢じゃない。

 夢ならよかった、という気持ちと、夢でなくてよかった、という気持ちがぐちゃぐちゃしている。でも、目の前にいる彼女は消えない。

 それに心から俺は安堵している。

「で、何食べるー? 色々買ってきたんだよ」

「朝から納豆巻きかよ」

「ふふーん、なんと! 豚汁つきなのだ!! あー、幸せ」

 納豆巻きを頬張りながら豚汁すする金髪碧眼美女。すごい残念な絵面だな。

「つーか、コンビニに行って目立っただろ?」

「あ、逆にこのTシャツで受け入れてもらえた。あぁ〜、そーゆーのが好きで日本に来たのね、ハマッちゃったのね、みたいな。日本語お上手ですねって、褒められちゃったよ」

「幸せな誤解だな」

「双方ねー」

 普通だったらこんなこと信じられないだろう。

 いや、本当はまだ完全に信じたわけじゃない。それでも、こうやって二人で朝御飯を食べているのは現実だ。

 だから、俺は決めた。彼女を守ろう、と。

 目の前の、頼子の生まれ変わりで異世界から来たのだという女を。

 何の変哲もない、主人公にはむかないただのオタクな俺だけど、彼女の為にできることはあるはずだ。

 こうして俺、加納弘一は異世界から押しかけてきた転生悪役令嬢を現代にて守ることを決意した。





 そんなこんなで、二人でモソモソと朝食を食べながら。

「そういや、お前、あのドレスはどうしたんだよ?」

「ちゃんと綺麗にしてクローゼットにしまったよー。あとで売り飛ばすつもりだからちゃんと保管しとかないと、と思ってさ」

「やっぱお前、頼子だな。その残念思考。せめてクリーニングしてから売れよ」

「む、さすがヒロ。抜け目ないね。ってことで、クリーニング代貸してねー」

「………………さっそく借金かよ」

「ニートだからねぇ」

 なんて会話を繰り広げたのだった。






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