第2話 彼女の選択


 結論! 生き延びる算段がつきました!!

 方法:元カレに養ってもらう。

 長いタイトルつけるなら『悪役転生した元カノに異世界から押しかけられて養うことになりました』って感じだね! ………………………ダメじゃん、これ。

 いや、ほんと、こんなつもりじゃなかったんだけどなぁ。本当だよ?

 鍵を借りたら、さっさとトンズラする気だったんだけどなぁ~。

「ともかく、だ。今、アンタが頼子の部屋に行ったら確実に不審者だ。つーか、考えなしにもほどがあるだろ! 何だよ、ゲーム貸してたって! 不審すぎるだろうがよ!!」

「そだねぇ。設定ひどいよね。でも、管理会社に行かなかった自分は褒めたい」

 まあ、こんな女が突然やってきたら不審そのものなんだけど。

 私としては、想定外なのむしろ現状なんだけどなー。まさか、飯田頼子が行方不明扱いになってるなんてねー。

 あっれー? 即死だったと思うんだけどな。どーゆーこっちゃ?

「あとな? まだ俺は信じてないからな?」

「えー? あれだけ確認したのに? なんなら、ヒロの書いてた恥ずかしーいゲームシナリオとか語れるよ? 妄想大爆発してる小説だっていいよ?」

「もう黙れ。いいから、黙ってろ」

 ヒロが疲れ果てたみたいにソファーに座り込んだ。あぁ、すごく憔悴してるなぁ。

 ごめんよ、ほんと、こんなつもりじゃなかったんだよ。

「ねー、ヒロ、本当に鍵を貸してくれるだけでいいよ? こそっと部屋にいって隠し通帳の預金下ろして、あとは自力でなんとかするからさ」

 魔法ってチートあるし、なんとかなるでしょ。もともとダメもとで来てみただけだしね。

 会いたくなかったって言ったら嘘になっちゃうけど。でも会っちゃダメかもなって、どこかで分かってたのにな。失敗だったかな、やっぱり。

 なんて思ってたら、ヒロがとても怖い顔をした。

「今、ロクでもないこと考えたな? 俺に迷惑かけんじゃないかとか、そう思ったな?」

「え? あー、うん。だって現に」

「ふざけんな! だいたいな? 本当に考えが甘過ぎだぞ?

 失踪届けが出てるんだぞ? それも、すごく不自然な失踪としてな? おばさん達、頼子がなんか事件に巻き込まれたんじゃないかって、疑ってんだぞ?

 その状況下で預金がなくなってみろ! 怪しいどころじゃないだろうが!!」

 あー、このオタク脳め、妙なところで計算高い。

 もー、もー、これじゃあ本格的に巻き込むこと決定しちゃうじゃん。余計な苦労、背負い込むことないじゃん!

 相変わらずなヤツだな。泣いちゃったらどーしてくれんのよ。

「…………ともかく! 飯だ。飯を食おう!!」

 あ、コイツ一旦問題を棚上げしたな。でも、その案には賛成。お腹すいたー。

「って、アンタはついてくるなよ? あと、逃げるなよ? ちゃんとここにいろよ?」

 何でそんなに念押しするのかなー?

「分かったってば。オニギリとお茶、できたらお味噌汁よろしくー」

「了解。いいか? 余計なことはすんなよ? 絶対だぞ?」

「………………それは前フリ?」

「怒るぞ」

「はいはい。いってらー」

「ん。じゃ、いってくる」

 ガチャンと扉が閉まって、一人で部屋に残される。でも怖くない。むしろ安心。こんなに安心したの、何時ぶりだろ。

 ぼふん、とソファーにあるクッションに顔をうずめる。頼子だった頃、このクッションは私のお気に入りだった。

 ヒロの部屋の匂い。それを感じたら涙が出てきて、でも彼が帰ってくるまでには泣き止んでいようと思った。




 この部屋のソファーでクッションに顔をうずめて寝るのが好きでした。ええ、ハイ、寝ちゃってましたね。

 いや、買い物に行ってくれてる人をそっちのけでぐーすか寝てた私が悪いんですけどね? 何でヒロも隣で一緒に寝てるのさ?

 ぐぉあーーーーって、口開けて寝てる姿が間抜けなんだけど。

 でも、愛しさが込み上げちゃうじゃないか。

 なにせ、私の体感では十八年ぶりだもん。ああ、本物のヒロだ。

 じっとヒロの寝顔を見ていたら、起きてしまった。

「わり。寝てた」

「いや、先に寝てたの私の方だしね」

「ん、これ。オニギリとお茶。味噌汁は面倒だからナシ」

「うぃ。ありがとー」

 ああ、全てが懐かしいよ。このコンビニのオニギリのビニールをぺりぺり剥がすのでさえね!

 ってゆーか、私これ苦手なんだよ。いつも海苔が破けるんだよ!

「あーもー、よこせよ。何でいつもそんなになるんだよ!!」

「お願いしますー」

 うん、そうだった、見かねたヒロがいつもやってくれてたね。

 ――――私、本当に帰ってきたんだ。

 変なところで実感して、二人でもオニギリを食べる。くぅ、ツナマヨって美味しいねぇ!

「つーか、お前って本当に要領悪いよな。お前のスペックで成り上がりとかザマァとか、できるわけねぇよな」

「そーなのよぅ。成り上がりもザマァも、それなりの賢さがないとできないし。

 友情エンドになんないかなーってヒロイン攻略しようとしたら、まさかの悪女だったし。もしや同じ転生者? とか疑ったけど、そうでもなくって、女の子怖ッ! って再確認しただけだったしー」

「フツー女子、怖いな」

「腐女子だって怖いよ? ビーとエルの薄い本、朗読してあげようか? 萌語り付きで」

「止めろ。本気で。あと、俺の部屋に持ってくるな」

「とゆーかさ、ヒロ? 私の部屋に行ったでしょ? でないと、この着替えの説明がつかないもんね?」

コンビニの袋の他に、紙袋につめられていた洋服は見覚えのある物ばかり。

「バレないように、こっそりとな。着替えがないと困るだろ」

「……………下着があるんだけど?」

「仕方がないだろ!」

「場所、知ってたんだ?」

「それは! その、色々探した時に、だなッ!!」

「えー? 探したんだ? 人のこと言えないじゃーん」

「違っ! あーもー、とにかくだな!! お前はしばらくここにいること! 分かったなっ!?」

 あぁ、やっぱりそういうことなんだね。面倒をみる気になっちゃったんだね。こんなの背負い込むこと、ないのにね。

「あのさー」

「却下だ」

「聞く前に話をぶった切るなんて横暴だぁ」

「時短だ。どうせロクでもないこと言い出すに決まってるんだからな!」

「何でロクでもないって決め付けるのさ」

「お前の思考なんて丸分かりだからだ! また要領悪く、自分で何とかしなきゃー、とか考えてるんだろ。甘いからな? ここ、現代だぞ? 協力者は必須だろーが!!」

「最後のはオタク脳の結論だと思うけど」

「ああ! オタク脳で悪いか!! でなかったらこんな展開、受け入れられるわけねーだろ、ばーか、ばーか」

「ばかって言うほうがばーかー」

 本当にバカだね、ヒロ。自分がしんどくなるって分かってるくせに。

 見捨てられないって、分かってる。分かってて来ちゃった私の方が馬鹿決定。

「分かった、了解。自立できるようになるまではヒロの厄介になる」

「よし、素直でよろしい」

「んで、どうしよっか?」

「とりあえず……………えーと、どうしたらいいんだ?」

「んー、じゃあ、イベントでも起こしとく?」

「は?」

「お風呂貸して? あ、覗いていいよ?」

「いや、覗くのが前提のイベントはマズい。そういうのはラッキースケベでないとダメだ。お約束だ」

「美学だねぇ」

 うん、妄想を大事にするオタクは紳士だね。

 私は着替えを手に浴室へとむかう。勝手知ったる他人の家、ってものだ。

「じゃ、お湯いただきまーす」

 ヒロに声をかけて、さっさとクソ重ったいドレスを脱ぎ、浴室に入る。実のとこ、シャワーってより着替えがしたかったんだよね。まあ、ついでにシャワーも浴びますけど。

 蛇口をひねってしばらくしたら熱いお湯が出た。あー、本当に便利。火をつけるとこからはじまるからねぇ、異世界。

 お金持ちだったから、お湯を沸かしてくれる使用人はもちろんいるんだけど、こう気楽にはいかないんだよねー。ぅあ〜、気持ちいい〜。

 正直にいえばお湯に浸かりたいところだけど、今は我慢。うー、そのうち銭湯行こう。

 さっぱりして出たら棚からタオルを勝手に借りる。

 うん? 几帳面なヒロにしてはぐちゃぐちゃだなぁ? 忙しかったのかな? まあ、私は気にしないんだけどね。むしろ、私がぐちゃぐちゃにして怒られてたしね。

 さて、久しぶりの現代下着です。

 あぁ! なんという軽さ!! 締めつけられないって、なんてステキなのっ!

 でも懐かしいゲームイラストのTシャツには少し複雑な気分になった。

 大好きだった乙女ゲームのキャラクターがウィンクしているそれを―転生したのはそのゲームの世界じゃなかったんだけど―心のどっかで拒否してる。

 全然、関係ないって分かっているのに。イヤな気持ちは消えてくれない。

 それで思い知る。私はもう、飯田頼子じゃないんだって。

 まー、イラストTシャツ着た金髪碧眼美女っていう違和感バリバリの姿が鏡に映っちゃーね。

 ここにいるのは、シャリエール・フラメルなんだってつくづく思いながらヒロがいる部屋にもどると、ヒロはあぐらをかいて何やら瞑想をしているような格好をしていた。

「何してるの?」

「状況整理」

「うん、お疲れ。でも、ヒロもシャワー浴びたら? で、妄想したらいいさ! 金髪美女が同じシャワー使ってる姿を!!」

「なかみ頼子だと思うと想像力が拒否る」

「難儀ですなー」

 ヒロはすごく疲れた顔をして私を見てから、よろよろ出て行った。

 いや、本当にごめんよ。甘えてごめん。

 でもさ、なんでもないって顔くらいならできるからさ、いつも通りでいてよヒロ。何も考えずにさ、バカみたいなこと言ってて。

 久しぶりにヒロの漫画を読んだ。お風呂から出てきたヒロを無理矢理ゲームに誘って遊んだ。

 二人並んでソファーに座って大好きだったアニメを見た。

 気づけば、けっこうな夜更けだ。

「んぁ~、もう眠い、かも」

 あくびする私をヒロが然り気無く促した。

「ベッドいけよ。俺はソファーで寝るから」

 優しいね、ヒロ。

「ここは一緒に寝るシーンでは?」

「バカ言ってんな。とっとと寝ろ」

 つづきの部屋にあるベッドに追い払われて渋々そこに潜り込む。

「電気消すぞー」

「はーい」

 パチン、と電気が消えて周りが暗くなったけど、現代ってそこらじゅうに灯りがあるんだね。真っ暗にならないところがまた、ここが生まれ変わったあの世界じゃないって実感させるよ、うん。

 なんて考えていたら。

「なぁ、起きてるか?」

 ヒロが声をかけてきた。

 お互い昼寝しちゃったもんね。なかなか寝れないよね。

 それだけだよね? ヒロ。

「起きてるよ」

 ちっちゃな声で言ったら、むこうの部屋でソファーが軋む音がした。

「お前、本当に頼子なのか?」

 その不安げなヒロの声に、きゅうっと喉がつまる。

 ああ、駄目だよヒロ。それを考えちゃ、ダメ。

「なぁ、お前の言うことが本当で、お前が頼子だっていうなら」

 言っちゃダメだよ、ヒロ。

 でも私はそれを止めれない。遮れない。

「なあ? 本当に、死んだのか?」

 ヒロの声が震えてる。

 否定してあげれたらよかった。嘘だよって。頼子は生きていて、私は彼女と一緒に貴方をからかってみただけよって、そんな事を言えるくらいの強さが、私にあったらよかった。

 でも、できない。私、弱いから。真実以外、言えない。

 ごめん、ヒロ。

「うん」

 ヒロに聞こえなければいいのに、なんて思ってる自分が嫌だ。とんだ甘えだ。

 何でここに来た? その答なんか、もうとっくに私は解っちゃってる。

「やっぱ、そっちにいっていいか?」

「――――――はじめから、一緒に寝るシーンだって、言ってるでしょ」

 足音がして、そちらに顔をむけたらヒロが見えた。

 ひどい顔だった。

 笑えないくらい、悲しくて苦しい顔。

 ヒロがすがりつくみたいにして私の身体を抱き締めた。

 ううん、きっと、みたいじゃない。だってヒロは息もできないくらい泣いているもの。

「な、んで、だよぉ。ずっと、探したんだ、ぞ? お前の、こと。

 連絡、とれなくなって。おばさんからも電話があって。ずっと、無事で、いるはずって。寝れなくて。お前が、帰ってくるまでって。俺、ずっとお前が、頼子が帰って、くるって」

 ごめんね、ヒロ。帰ってこれなくて、ごめん。泣かせてごめん。

 私はそっとヒロの背中を撫でた。

 それしかできない。何かを言えるはずがない。

 でもね、ヒロ、心から思うことがあるんだ。まだ言えないけどね。

 私、王子様と結婚なんかしたくなかった。

 ずっと、ずっと、ここにもどってきたかった。ザマァなんかしたくなかった。

 頼子の大切にしてきたものを捨て去って、幸せになんてなれなかったんだよ。

 だから、ねぇ、神様? 不本意だけど感謝するよ。

 貴方はシャリエールの人生をくれたけど、私はやっぱりここが大事で。だから、この人生を頼子の大切にしていた人の為に使えるようにしてくれたこと、感謝します。

 私の、シャリエール・フラメルの人生は、この人の為に使うの。

 頼子の為に泣いてくれている、誰より愛しい、この人の為に。

 それが私の、転生悪役令嬢が望む、最上級に幸せな選択だ。





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