ザマァできずに追放されたら現代に蘇ったんですが!?

丘月文

第1話 彼女の経緯


 立ち並ぶ高層建築物。アスファルトの熱気。溢れる機械音。そう、ここは現代。

 真っ昼間の雑踏のなかに、めちゃヨ〜ロピア〜ンなアンティークドレスを着て佇む金髪碧眼美女。そりゃー、注目されますよね。

 あぁ、でも外国からの観光客が増えている所為かな? 不審そうな視線じゃない。たんに物珍しいってカンジ。

 うん、よかった。異世界から来ました、なんてバレてない。

 ……………まさかの、逆異世界転移でしたよ。しかも私、悪役転生者でしたわよ。

 どうしてくれよう、だ。本当に。

 というか今の私って戸籍ないし、当然住民票もないし、フツーに所持金ゼロだし、魔法っていうチート使えるか分かんないし。

 あれ? これって逆境からの成り上がりパターン?

 いやいやいやいや、ムリムリムリ。ここ、現代よ? そもそも異世界でザマァもできなかった人間にナニ無理難題を突き付けてくれちゃってんの?

 神様、貴方って本当に気まぐれで考えなしなドちくしょうですね。恨みますよ。悪役転生したって気付いた時にも恨んだけど。でもって、婚約破棄されて追放が決まって泣いたけど。

 ――――――正直、アレはないと思う。



『あーあ、つまんない。けっきょく処分されちゃうシナリオだったかぁ。

 せっかく異世界にまで魂を持ってきて、チャンスをあげたのにぃ。

 難しいものだね、異世界転生も異世界転移も。どうにも自分にはそっちのセンスがないみたいだなー』

 追放されることが決まった、涙を流す悪役令嬢の前に、そう私の目の前に! ソイツ、つまり神を名乗る人物は現れた。

『前世の君が死んだのは神のうっかりでもないし、別の力が干渉して運命をねじ曲げられたわけでもなくて、自然な流れだったんだよ? 今の君が前世の記憶を持っているのは、本当に奇跡なんだよ?

 なのに、なんで楽しませてくれないの? しかも神を恨むし! 君は自分がどれだけ神に愛されているか、分かってないよ!』

 いや、玩具にしている、の間違いだろう! 私の魂で遊ぶな!!

『ほら、そうやって責めるー。神なんて何時の世も理不尽なものなのにー。

 でも、ま、このまま消しちゃうのも面白くないしね。いいよ、この遊び、続行してあげる』

 え、待って! 嫌な予感しかしないんですけど!?

『異世界に悪役転生してもザマァできない、成り上がりもしない、そんな君には強くてニューゲーム!!

 ってことで、もうそのまま異世界転移ね。大丈夫! 逆異世界転移も、もはやテンプレ展開だよ!』

 テンプレ展開ってなんだ!! 思いつきの素人小説か何かなの!? 私の運命!?

 や、待ってよ。このまま異世界へ転移するって? え、ドコに連れてかれるの? って、まさか現代? 現代にもどるってこと!?

『じゃ、次こそ頑張るんだよ〜』

 は? いや、え? 転、移って。もうっ!?



 で、気付いたら雑踏のなかに立っていましたとさ。

 あぁ、ここは日本だ。それは分かるけど。

 ――――ここは、日本の何処で、今は何時?

 強くてニューゲーム、攻略できる気がまったくしませんけど!? というより、強くないよね? 戸籍ないもんね!?

 ぐぁぁぁっ! とりあえず、生き延びる! なんならこの美貌を使って結婚詐欺してでも生き延びてやるっ!!

 …………………しかし結婚詐欺は最後の切り札にして、とりあえずは現状を把握しに交番にでもいきましょーか。





 いやー、さすが現代の日本社会! 英語で対応してくれるとか、優しいよね。でもって勤勉だぁ!!

 もうさ! 危なかったよ! 危うく不法入国者で捕まるトコだったよ!!

 っていうか、あっているんだけど! 不法入国。…………異世界からだけどね!?

 でも収穫はあった。うん、魔法が使えるのね。

 火事場の馬鹿力じゃないけど、睡眠の魔法が使えて逃げ切れたよ! おまわりさん、ごめんなさい!! こっちにも事情があるんですー!

 あと、もう一つ分かったこと。

 これ、絶対あのクソ神―いや、すみません神様、ここは素直に感謝してます―のシナリオなんだろうけど、転移したこの町は転生前の私、飯田頼子が住んでいた町だった。

 しかも頼子が死んだと考えられる日からそんなに経っていない。さて、どうしたもんかなぁ。

 ちなみに飯田頼子は短大を卒業して、ちょうど一人暮らしをはじめたばかりだったっけ。

 あー、せっかく仕事に就けたのになー。これからガンガン働いて、自分で稼いだお金でゲーム買いたいほーだい、ひゃっほーって思ってたのになぁ。

 あれ、そんなだから、こんなメにあってるのか?

 いやいや、今はそんなことを考えている場合じゃなくて。

 問題はお金がないってことよね。でもって、できるなら住むところも確保したいよねぇ。

 うー、自分の部屋が目の前にあるのに! いかんせん、今の私は頼子じゃないし。

 って、あれ? 郵便受けの名前がまだ『飯田頼子』になってる。ってことは、まだ部屋は解約されてないのかな? 荷物とかそのままだったりしないかな?

 頼子が事故に―これまたありがちな交通事故の即死でしたさ―あった日から一週間くらいしか経っていないし、部屋がそのままって可能性は高いな。なにせここ、実家から遠いもん。

 ごめんよ、お父さん、お母さん、妹よ。手間かけさせて。

 あ! ってことは? あの部屋の鍵さえあれば、この状況を打開できるんじゃない?

 うーん、でも貸してくれるかなぁ? アイツ。いや、アイツもオタク脳だし、トンデモ展開にうっかり鍵を貸してくれるかもしれないし。

 悩みながらも私がやってきたのは、頼子のアパートから二十分くらい歩いた別のアパート。

 わ、懐かしい。自分の部屋より懐かしく思うって不思議。

 ここの近くに住みたくて、あのアパート借りたんだよねー。

 恐る恐るインターホンを押す。…………出やがらないんだけど、アイツ。

 大学かな? でも、今日は土曜日だよね?

 もう一回押す。出ない。えーい、連打!!

「……………どちら様?」

 くぐもった声が扉の向こうから聞こえた。居留守かよ!? いや、こうして出てきているんだから居留守じゃないか。

「怪しいモノではありまセン。ちょっと、飯田頼子サンから頼まれたコトありまして。

 頼子サンに、貴方から鍵、貸してもらえ、言われマシタ」

 カタコトにしてみたぞ。これでどうだ!

 しばらくして、アパートの扉がガチャリと開いた。

「アンタ、頼子のこと知ってんの? というか、誰?」

 相変わらずのダサいTシャツにだるだるスェット。髪の毛はボサボサ。顔は並み。なのに、そんな彼を見た瞬間。

 あ、どうしよう。泣きそう。でも、我慢だ。

「ワタクシ、シャリエール・フラメルといいマス。頼子サンとはトモダチです。

 彼女に貸してたゲーム、返してもらう約束シテマシタ。だから、貴方の持ってる彼女の部屋の鍵、貸してクダサイ」

 あ、ちなみにこのシャリエールなんちゃらは転生先の名前です。公爵令嬢やってました。

「頼子に言われたって。アンタ、頼子がどこにいるか知ってるのかっ!?」

「あッ、それは、そのぅ」

 う、鋭いことを!

「どこにいるんだよ、アイツ! この一週間、何の連絡もなしで! アパートにも戻ってないし!! つーか、アイツのとこに案内してくれ! 引きずり出してやる!!」

 ……………え? ちょっと待って。それってどういうこと?

 いや、だって。

「え? 依子って、死んでるんじゃないの?」

「ハ? 死、って。オイ、アンタ!」

 彼、加納弘一がガッと私の腕を掴む。

「どういうことだよ!? 死んでるって、アンタ、何か知ってんのか!?」

「あ、イエ、えっと」

「……………ちょっと部屋、上がってくれ。話がある」

 ものすごい顔で睨みながらヒロは私をアパートに引き込んだ。

 え? こんなに積極的なヤツだったっけ? オタク脳炸裂? って、鍵! 今、鍵かけた!? チェーンまでっ! どんだけ!?

 ぎょっとした私に何を思ったのか、ヒロは脅すようにして言う。

「逃げようなんて思うなよ。今、警察に連絡するからな」

 って、えええええ! 困る。それすごく困る!

「待って、待ってよ、ヒロ! そんなことしたら、アンタのエロゲーの隠し場所、おまわりさんに叫ぶよ!? でもって、監禁されたって泣くよ!? いいのっ!?」

「ハァッ!? なんでアンタがそん、な、こと…………え?」

 あ、しまった。素が出ちゃった。

「今、アンタ俺のこと、ヒロって呼んだ、よな? あと、エロゲーの隠し場所って」

 ものすごく不審そうな顔でヒロがじぃーっと私の顔を見てくる。

「いや、そんな、まさかな? んなワケないよな?」

 ぶつぶつと何やら呟いて、それでもヒロは恐る恐るといった風に私に聞いた。

「ちなみに、隠し場所、知ってるのか?」

「うん。アニメDVDコレクション下段の裏でしょ。エチドキのシーズン3が見たくて勝手に借りた時に発見した」

「勝手に借りるなって言っただろーが!」

 そこでヒロはハッとした。

「………………アンタ、頼子、なのか?」

「うん。だから部屋の鍵、貸して」

 しん、と沈黙が降りる。

「――――――――何がどうしてそうなった?」

 さすがオタク脳。トンデモ展開をあっさり受け入れるね!

 転生前、つまり飯田頼子の恋人であった加納弘一に、私は言った。

「話せば長くなるよ」

 とりあえず今日のご飯と寝る場所は確保できそうだ、と内心でほくそ笑んで。

 私は懐かしいヒロの部屋に上がり込んだ。







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