第15話 トゲ
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翌日の放課後、僕はいつものように正広を図書室で待っていた。
「二位? すごいじゃん!」
春葉は机に積み上げた本を一冊一冊本棚に戻しながら言う。
「僕もびっくりしたよ。まさか二位なんて思ってなかったからさ」
「またまた謙遜するのねえ」
椅子に座ったままの僕は春葉のわざとらしい口調を聞いて、ページをめくりながら苦笑する。
以前春葉が泣いた時に認識した溝は、何故かすっかり感じなくなっていた。時間を待てばお互いが溝を忘れられるのは、僕たちがまだ子供である証拠なのだろうか。
初夏のこの日は気温が高く、僕も春葉も少し汗ばんでいる。服装も夏服に完全に移行してしまったため、男女共に上半身は薄手の半袖カッターシャツで過ごさなくてはならない。そのせいで図書室に来た瞬間、春葉の下着が若干透けて見えているのに気付いた。目のやり場に困り続けた結果、僕はひたすら本の活字に目線を落とし続けていた。
「よく話しながら本なんか読めるわね。頭の中ごちゃごちゃになっちゃいそう」
読めてません。春葉さんの事を考えるだけで頭がいっぱいいっぱいです。
そんな馬鹿みたいな台詞を言えるはずも無く、僕は曖昧に愛想笑いを浮かべるだけだった。
「朝日、今日は勉強しないんだ?」
横目で春葉を見ると、脚立に上って入り口横の本棚に向かっている。地面からだと手の届かない高い所を整理しているようだった。僕は一文字も読めていないページをとりあえずめくる。
「一応、目標は達成したし。受験勉強もちまちまやるけど、頑張りすぎたから今日は休憩する」
「頑張りすぎたとか自分で言っちゃうんだ」
「実際頑張ったって。僕があの岩澤くんに次ぐ二位だよ」
「私も本当に凄いとは思うわよ。岩澤くんはやっぱり化け物だったけど」
ちなみに春葉に聞いたところ、岩澤くんは九教科八百九十二点だったらしい。何を間違えたんだよって言いたくなるレベル。
「私もそれなりに勉強はしたんだけどなあ……」
「別に順位悪くはないんだろ?」
「それが変わり映えしないのよ。一生懸命やってるのに朝日より低いとかに障るわ……」
癪に障ると言われたことが癪に障って僕がちょっぴりイライラしていると、僕たちしかいない図書室に来客が現れた。引き戸のからりという乾いた音の後、現れたのは正広だった。
「あ、正広――きゃっ!」
「おい危なっ――」
春葉と正広の声の後、場が静まる。僕は一瞬何が起こった分からなかったけど、入り口の方を振り向いた春葉が脚立から落ちそうになったのだとすぐに分かった。落ちた、と言わないのは、バランスを崩した春葉が、咄嗟に駆けつけた正広に抱えられていたからだった。
「――気をつけて作業した方が良いぞ」
「ご、ごめん……」
春葉がお姫様抱っこで抱えられているような状況だった。その状況に正広も若干照れがあるのか、首は何故か僕を向いていた。口の結び方がどこか不自然なのが少し可笑しかった。
春葉を地面に下ろしてから、正広は改めて僕のほうに向き直って、若干不機嫌そうに「どこに居たんだ朝日?」と言った。
「いつも通りここで部活終わるまでお前を待ってたんだけど……あ――」
そこまで自分で言ったところで、今日がそのいつも通り、ではないことに気付く。
「俺もう引退したよ。試合まで見に来てたじゃねえか、お前」
「そうだったな。気付かない僕が悪かった。ごめん」
「ああ。じゃあなんとか落ち合えたわけだし、とっとと帰ろうぜ」
「分かった――あ、でも正広。せっかくだったら春葉と三人で帰らないか?」
「春葉は――まだ委員会の仕事があんじゃねえの?」
仏頂面でなげやりに言う正広。
……トゲが無いか、今の言い方?
「そりゃ委員会の仕事があるから遅くはなるけど大して客も居ないから、三人で喋りながらここで過ごしてから帰ったら良いんじゃないかな」
「悪いけど、今日は用事があるから、俺は早く帰らないと。二人でやっといてくれ」
僕は正広の言葉が雑なことに違和感を感じた。しかし、「じゃ」と言って構わず正広は図書室を出て行く。どこか逃げるようでもあった。
「おい、正広」
その声に反応する間もなく、正広が会談を駆け下りていく音が廊下に響く。
――何かおかしくないか?
慌ただしいのはいつもだけど。春葉に対する正広の発言に、どこか違和感を感じる。僕は春葉と顔を見合わせた。春葉は柔らかい笑みを浮かべて僕に言う。
「行ってあげて朝日。私はまだ仕事あるし……きっとまだ金曜日のこと引きずってると思うの」
春葉の表情は辛そうだった。
「――分かった。また来週、来るから」
そう言って、僕は持っていただけの本を本棚に戻し、鞄を担いで正広の後を追いかけた。
体の血の巡りが加速する。
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