番外編 林檎屋2

「さぁさお立ち会い。今から話すのは、世界一豪勢な茶番劇だ」


 俺は兄ちゃんの顔色をうかがいながら、勿体ぶるように話を勧めた。



 魔王を打倒した勇者に、報酬を与えるための式典。


 その場で人族の王は言った。


「勇者よ、魔王を見事打倒し世界を救ってくれた。我々から褒美を授けよう」


 勇者の目の前には、人が一生で稼ぎきれないほどの巨万の富が差し出された。

 しかし勇者は、あろう事か「これだけですか?」っと答えたのだ。


 そして引き続き勇者は言った。


「魔王は俺に言いました、世界の全てをくれてやると」


 それを聞き、その場にいた人族側の何人かは武器を手にする。


 そして怒鳴り声を上げる者も少なくはない。

「貴様、何を言い出すか‼」っと。


 しかしその中、獣人族の王とエルフ族の王、そして双方の要人は落ち着いた様子だった。

 そしてエルフの王は「落ち着け、人族よ」っとなだめる。


 さらに引き続き、エルフの王は勇者に問いた。


「その言い方、もしやお前さんには望みがあるのではないか? 申してみろ」っと。


「す~はぁ~……。王達よ。どうかトゥナと、リベラティオ フォルトゥナと結婚する事を、この場で認めて貰いたい!!」


 富や名誉ではない。勇者が欲したのは、この席に並ぶ人族の姫君、その一人だったのだ。

 この式典に同席していた姫君は、両手で顔をおおう。

 そして彼女は瞳に、嬉し涙を浮かべた。


「──な、なんだと!!」


 しかしそんな中、人族の王は驚きの声を上げた。

 それもそうだろう、まさかこのような場で手塩にかけて育てた最愛の愛娘の一人、彼女をくれなどと言われるとは思ってもみない、当然の事だ。


「がっはっは、面白い、実に面白い。貴様にとってその少女の価値は、世界に匹敵すると言いたいのだな」


 獣人の王の問に、勇者は力強く答えた「いいえ、それ以上です」っと。


「しかしその願い、我々で叶えてはやれるな〜。そうだろ〜、エルフの王よ」


「獣人族の王がおっしゃる通り〜。この報酬を与える事が出来るのは世界でただ一人〜、人族の王だけだから〜」


 双方の王は笑いを堪えるのに必死だ。

 流石の様子に皆も気付く。


「もしかして、貴様ら図ったな!?」


 そう、実のところこのやりとり。人族側にだけ内緒で、獣人、エルフの二ヶ国は事前に打ち合わせをしていたのだ。


 獣人族の王は答えた。


「リベラティオ王よ、自分の娘が可愛いのは分かる。しかしここまで言う男が現れたのだ、親バカも大概にせねば嫌われるぞ?」


 その言葉に、人族の俺は顔を引きつらせる。


「貴方も親だ。娘の嬉しそうな顔を、自身の感情で涙に染めるのを、良しとはしないはず」


 エルフの王の一言は、人族の王の顔をうつむかせた。


「くっ……。み、み、み、認めよう」


 こうして勇者は、この茶番劇の主人公を見事成し遂げ、三大国王が見届ける中、無事に愛する姫君と結婚をする許可を頂く事が出来たとさ。



「──って兄ちゃんどうしたよ!? 随分顔色が悪いじゃねえかい!」


 話を終え兄ちゃんの顔を見ると、やたら目は泳いでるし、ダラダラと汗をかいてやがる。

 体調でも悪いんじゃねーか?


「はははっ、林檎があまりにもみずみずしくて汗が止まらないな~! でも流石に今の話は作り物なんじゃないかな? そんな大それた式典でそんな話、信憑性が……」


「いや兄ちゃん、それが事実らしいぜ。なんたってリベラティオの王自らが公言して『世界中に広めるのだ!』って御触れを回してるって話だ」


「あのオッサン、仕返しになんて事してくれて!?」


 兄ちゃん突然大声を上げた。

 本当あまりにも突然過ぎて、驚いた俺はその場に座り込む。


「な、なんて……二代目なら言っただろうなってね」


「お、驚いたよ、真に迫ってたから。兄ちゃん役者だね」


 立ち上がり、手で尻を払う。

 そんな俺に向かい「ごめんなさい」と兄ちゃん頭を下げた。


「まぁでも、流石に今の話は非常識だよな……。おっちゃんが浮世離れしてるっていうのも仕方無いよ」


「いや、俺が言いたいのはそこじゃないんだ」


「え、違うの?」


「あぁ、俺が好かない理由はこの後さ──」


 そう、この話の後のちょっとしたオマケの事だ。


 結局俺は、どれだけ学ぼうと、どれだけ心情を読み取ろうと試みても、その時の二代目勇者様が何を思ってたか。

 これだけは本当、理解できなかったのだ……。




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