番外編 林檎屋3
「その後、エルフの王と獣人の王は自分達からの報酬は与えていないと言い、大金を差し出した。しかし二代目勇者様は、金を受け取らなかった『それをグローリアの難民のためにでも使ってくれ』っと言ったそうだ」
「えっ、それの何処がおかしいんだよ。普通に美談じゃないか」
「いやいや、例え貴族様だろうと、普通そんな申し出断らねぇーよ」
そんな奴がいるとしたら、よっぽどのお人好しか聖人に違いねぇ。
「おっちゃんなら、勇者様がシュピーレン村の村長だってのは知ってるよな? 聞いた話だと、裕福とは言い難いけど、自給自足も出来て生活には困っていないらしいけど……?」
「しかし兄ちゃん、金なんていくらあっても困らねえだろ? 腐るもんでもないし、使い道なんて山程あるんだ」
「金の使い道ね、うーん」
兄ちゃんは腕を組み、唸り声を上げ何かを考え始めた。
反論する言葉でも探しているのだろうか? ファンなら否定したくなる気持ちも分からないでは無いが……。
「ちなみに、おっちゃんが勇者様の立場だとして、金が沢山あったら何に使うんだ?」
「お、俺が勇者様だったら、って事かい!?」
兄ちゃんからの問いかけは、思ってもみない内容だった。
勇者様の立場になって金の使い道を? そんな事、考えた事もない……。
「あー、確か住まいはあるだろ? 食事も料理上手の奥さんが作ってくれてるって噂だし……」
この問いかけ、意外と難しい。
俺ならこの店を大きくしたり、誰かを雇って他の町に新たな店舗を出すのも面白い。
しかし勇者様が、商売に興味あるだろうか?
いや、そもそもが働く必要も無いんじゃないだろうか。ってなると……。
「いくら頭をひねっても、
驚いた。別に俺に欲が無いわけじゃない。
でも衣食住と揃って、家族が笑ってりゃそれで良い。
豪勢な生活なんて、むず痒くて御免だからな。
「そうなんだよ、金って生活が出来てれば意外と使わないよなー。それとおっちゃんが言ってた娼館、勇者様はその
「あぁん? なんでだよ、勇者様だっても男だろ。興味が無い訳はないじゃねーか」
すると兄ちゃんは林檎の袋を脇に置き、両手の人差し指だけを立て、頭の上に構えた。
「な、なんだよそれ」
「あぁ、こっちには無いのか……」
こっちには?
言葉の意味は良く分からねーが、どうやらそのポーズには何か意味があるようだ。
兄ちゃんは俺に近づくと、小さな声で理由を語る。
「実はここだけの話、勇者様の奥さん達がすっげー怖いんだよ。怒らせるとドラゴンですら裸足で逃げ出す程にね」
「……っは? 兄ちゃんそれは本当かよ、あの勇者様でも奥さんに頭が上がらないってか?」
一瞬、理解ができなかった。
魔王の手から世界を守った勇者様が、奥さんに頭が上がらない?
それじゃあまるで、俺と同じじゃないか……。
そう思うと何故だろう。
急に湧く他人事とは思えない感覚に、ジワジワと笑いが込み上げてきた。
「くっくっく、いやぁーそいつは面白ぇ。それが本当なら、一気に親近感湧いちまうよ」
俺も娼館なんて行って、嫁にでもバレたら大目玉だ。
リスクを考えたら、金があっても行こうと思わねぇ。
「なぁ兄ちゃん、笑わせてもらったからほら、林檎一個サービスするぜ、持っていってくれ」
「いやいや、売り物だろ? そんなに受け取れないって」
「良いから良いから。どのみち売れ残りそうだしな、友情の証に持ってってくれよ」
しかし兄ちゃんは「友人なら、なおさら金を払うよ」っと言って、中々受け取ってはくれない。
まったく義理堅い奴だよ。
しかしそんな時だ──。
「──カナデいらないなら、ボクが貰うかな!!」
声がしたので視線を落とすと、小さな体で林檎に抱きつき、丸かじりをしている……精霊様の姿……が。
「な、な、な……」
「──ミ、ミコ!?」
えっ、この兄ちゃん今『ミコ』って!?
普段は人目を避ける精霊様が、こんな町の中に偶然現れる事はまず無い。
それにミコ様って言えば、あの伝説の武器精霊様と同じ名前だ。
じゃぁ、目の前にいるこの冴えない兄ちゃんはもしかして。
「あ、あ、あ、あんた、本物の二代目様かい!?」
兄ちゃんは精霊様の首根っこを掴むと、ジリジリと距離を取り「ははははっ……。おっちゃんご馳走さま!!」っと、金だけ置いて逃げるようにその場を去ってしまった。
あ、あ、あ、頭の整理が追っつかない……。
「世界で唯一無二の生きる伝説、二代目勇者様と俺が、
いや、違う。
冗談言って笑いあった仲だ、友達みたいじゃなく、兄ちゃんもきっと友達と思ってくれたはずだ。
そう思うと、何か感情が込み上げてきて、居ても立っても居られなくなった。
「──さぁさいらっしゃい!! 今しがた俺の友達、二代目勇者様が絶賛してくれた林檎屋だ。買わなきゃ損だぜ!!」
俺は世界を救う英雄には程遠いかもしれねぇ。
それでも、次に兄ちゃんと会うことが出来たとき「兄ちゃんが美味いって言ってくれたのは間違いないじゃなかった」っと、胸が張れるように頑張っていこう。
この時、そんなふうに思わされっちまったのだった。
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