番外編 林檎屋1

 俺はナイロ、リベラティオ随一の林檎りんご屋の亭主だ。    

 まぁそもそも、林檎なんて珍しいし商品を取り扱っているのはうちだけなんだが。


 これは忘れもしない俺の友達だち、二代目勇者との出会いのヒストリー。

 寒い時期も終わりに差し掛かろうとしていた、ある昼下がりの出来事だ。


「安いよ安いよ。この赤い果実、なんとあの初代勇者様が好んで食べたと言われる貴重な品だ!」


 道行く者は、興味を示すものの誰も手に取ろうとはしない。

 このままでは在庫を抱えちまうな、そう頭を抱えた時だ。 

 目の前には、黒髪で変わった服を着た兄ちゃんが、何やらうつむき加減で歩いていたのだ。

 

「なぁなぁ。そこの勇者様のコスプレってのをしてる兄ちゃん、どうだい一つ手に取ってはくれないかい?」


 呼びかけると、兄ちゃんは辺りを見渡した後「俺の事?」っと自分を指差す。


「そうそう兄ちゃんの事よ。何やら疲れた様子だけど、そんな時こそこの林檎なんてどうだい。甘酸っぱくて、みずみずしくて、力が出るぜ」


「へぇー林檎か、懐かしいな。それじゃ一個貰うかな?」


 これは予想外の食付きだ、腐らず声を掛けて見るものだ。


「流石勇者様ファンだね、林檎を知ってるとは。へへ、毎度」


 一個分の代金を頂くと、兄ちゃんはそれを手に取る。

 そして和服っちゅう変わった服で林檎を拭くと、なんと皮がついたまま「シャリッ」っと音を立て丸かじりにしたのだ。


「おー、驚いたよ兄ちゃん。通な食べ方を知ってんだね?」


「えっ、コレが普通じゃないのか?」


 果実と聞くと、大体の人は皮を剥いて食べようとする。しかしどうだい、この兄ちゃん。

 皮をむくどころか、迷うことなくかじりついたじゃないか。


「それにしても、本当甘くて美味しいな。もうとう程包んで貰おうか? お土産でもって帰りたいから」


「へへ、毎度。今準備するぜ」


 代金を頂くと、麻袋に林檎を詰めていく。

 俺は久しぶりの売れ行きに嬉しくなり、つい口が達者になった。


「ところでそれ、二代目のコスプレだろ? 戦争を未然に防いだっちゅう、謎多き英雄の」


「謎多き英雄って……。まぁ、そんなところかな」


「そうだよなそうだよな、俺も林檎屋をやるからには色々調べたが、兄ちゃん程完成度の高いコスプレは初めてだよ」


 まぁ、本物にしては覇気も無いし冴えない感じだけど……。それは黙っておくか。


「おっちゃん勉強熱心なんだな。その辺歩いてても『勇者様の格好だ』とは言われても、二代目だって言い当てられたのは初めてだよ」


 ふっふっふ、勉強したからな。

 二人とも黒髪なのは有名だが、和服っちゅう服を来て刀って武器をぶら下げてるのが二代目様だってのは、知る人ぞ知る情報だからな。


 兄ちゃんが良い人なんで、俺はつい踏み込んでしまう。


「でもどうして二代目様の方なんだい? ファンの兄ちゃんには悪いが、俺はどうも二代目様は好かないんだよな」


「えっ? どうして?」


 兄ちゃんは林檎を咥えたまま驚いているようだ。

 怒る様子もないし、ここは素直に……。


「浮世離れしてるって言えばいいのかな? ほら、最近詩人が歌ってる、女共の間で人気なあの話を聞いてからそう思うようになったんだけどね」


「し、詩人が? それってどんな歌なんだよ?」


「あれ、知らないのかい。林檎もう一個買ってくれるならすぐにでも話せそうなんだが」


 足元を見るような発言に、嫌な顔一つせず金を差し出してきた。

 

 流石ファンの兄ちゃん、気前が良いや。


「へへ、毎度」


 代金を受け取ると、先ほどの麻袋に林檎を追加で入れ手渡した。

 そしてまだかまだかと待ちわびる兄ちゃんに、俺はあの話を語る。 


「一月ほど前の話しさ、エルフの国、獣人の国から、双方の国王様達がやって来た事があったのは知ってるか?」


「あ、あぁ……」


「実はあれな? 二代目様に褒美を渡すために、直々に足を運んだって噂さ。今から話すのは、その時あった出来事さ」


 俺の前振りに兄ちゃんは一歩前に出て生唾を飲む、そしてピクピクと顔を引きつらせた。

 こんなにもグイグイ来るとは、どうやら俺には話をする才能があったらしいな。

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