番外編 二度目のプロポーズ

「──ティアさんお話があります〜。少しお時間を頂きたいのですが」


 俺達はと言うと、ミコも無事復活し順風満帆じゅんぷうまんぱんな日々を送っていた。

 これは、そんなとある日の出来事だ。


 ルームに作ってもらった異世界番コタツで横になっていると、ふすまを挟んだすぐ隣の部屋からハーモニーがティア呼び止める声が聞こえた。


「はい、構いませんよ。なんでしょうかハーモニー様?」


 ティアの返事の後、襖が開けられ、その後すぐ締められた。

 コタツを挟み対面で寝転がっていたため、誰がなんの為に開けたのかはわからないが……。

 

「以前、カナデ様からのプロポーズを断られたみたいですね〜。ティアさんもカナデさんを愛しているはずなのに、何かの冗談ですよね?」


「そのことですか。はい、間違いありませんが何か?」


 見えない鋭利な言葉の刃が、グサッっと胸に突き刺さった。


 ハーモニーが言うプロポーズ。

 それはカラドボルグの柄を取りに行き、その帰り道。

 情けない俺が、結局誰か一人を選べず三人に行った失礼極まりない行為の事で……。


 トゥナとハーモニーには「始めからそのつもりだった」っと言われたものの、ティアに関しては見事に玉砕したのであった。


「お気持ちは大変嬉しいのですが、申し訳御座いません」っと、お断りの返事を頂いていたのだ。


 その後、多少は気不味くはなったものの、互いに普通に接っする事が出来ていたのだが……ここで蒸し返してきたか!


「どうして断ったんですか? ティアさんもカナデさんを愛してますよね〜? 約束したじゃないですか、三人平等だって!!」


 凄い剣幕で怒鳴り散らすハーモニー。


 不味い、気になるがこれは聞いちゃ駄目なやつだ。

 コッソリその場を去ろうと、コタツ布団に手を触れたときだった。


「落ち着いてハーモニー。きっと何か事情があるのよ」


 ってこの声、二人だけじゃなくトゥナもいるのかよ!?


 襖を挟んでるとは言え、耳の良いトゥナが居る。

 少しでも物音を立てようものなら気付かれるな……。

 これは完全に離れるタイミングを失ってしまった。


 致し方無いので、俺は物音を立てないよう、寝たフリをする事に。

 これは決して聞き耳を立てているわけじゃない、事故だ事故。

 

「……怖いんですよ。愛しているからこそ、怖いんです」


 ティアの口から飛び出た言葉は、思い掛けないセリフだった。

 俺はてっきり、三人にプロポーズしたことが気にくわなかったと思ってたんだけど。


「怖いって、何がですか〜?」


「……私はエルフと人間のハーフです。寿命はきっと人より長い。ココ最近の事で、色々考えさせられてしまいました。大切な人を先に二人も亡くす、それを見届ける勇気が私には無くなってしまったのです」


 ティアの声は泣いているように震えている。


 まさかの理由に、俺は恥ずかしくなった。

 好きだ惚れたでプロポーズをして、肝心な彼女達の未来を考えもしなかったのだ。

 大切な人に先を立たれる辛さ、それを俺は知ってるだろう……。

 

「ティアさん……」


 彼女の言う大切な人とは、俺とトゥナ事に違いない。

 きっとトゥナも、ティアの思いに嬉しい反面、俺と同じくいたたまれない気持ちでいるのだろう。


「実はしばらくしたらこの村を去るつもりでした。これ以上ここに情が移ると、離れる勇気もなくしそうですからね。ふふふ、我ながら情けないですよね」


 ティアの突然の告白、その直後だった。


 ──パシン!!


 っと、何かを叩く大きな音が聞こえたのだ。


「ちょっとハーモニー!!」


 トゥナが大きな声を上げた。

 今の音、ハーモニーがティアを叩いたのか? そうに違いない。


 俺はコタツから立ち上がり仲裁に向かおうとするが、しかし──。


「──見損ないました、恋のライバルの一人がこんな腑抜けだったなんて‼」


「……ハーモニー様?」


 ティアが完全に押されているみたいだ、この様子では今すぐ喧嘩にはなりそうにないか?

 きっと叩いたハーモニーにも理由はある。もう少しだけ、もう少しだけ聞き耳を……。いや、見守る事としよう。


「大切な人を看取るのが怖い? あらかた、一人取り残されるのが辛いとかそんな理由ですよね~。ふざけないで下さい‼ 私は見届けますよ、カナデさんとトゥナさんだけじゃありません、私達の子供の死も、もっと先の孫の死だって! そしてその分見届けますよ。私達の幸せや、子供たちの幸せ、孫やその先だって沢山、沢山……!」


 ハーモニーはきっと、寿命の事などとうの昔から考えていたのだろう。

 熱のこもった彼女の覚悟を聞き、俺は胸を打たれた。


「愛する方が死んでいくのを見るのは辛いのはわ分かります。でもそれは、どうあがいても変えようが無いんです。だからこそ私は、目を背けるのでは無く、幸せな時を、思い出を沢山作ります。逃げていては、後悔しか残らないじゃないですか〜?」

 

 驚いた……。ハーモニの奴、結局一人でまとめちまいやがった。


 ティアからの反論は一言も聞こえない。それどころか、場は完全に静まり返っていた。


「それとティアさん、私は純血のエルフです。大切な人が寿命で亡くなったとしても、私が貴女を一人にはさせません。ヨボヨボになった貴女も、その先に待つ貴女の死だって、私が見届けます。絶対に、絶対に!!」


「ハーモニー様……」


「だから考えなおしてください。もちろん良いって言うまで逃がすつもりはありませよ〜? 貴女がカナデさんを愛している以上、いまさら拒否権なんてありません」


「……本当に御強くなられましたね、これは私の負けですかね」


 本当だよ。

 ハーモニーの奴、あんな小さいのにどんどん立派になっちまって。

 それにしても大事にならなくて良かった、あいつらが本気で喧嘩してるのなんて聞きたくないしな。


「ふふっ、それじゃ盗み聞きをしている未来の旦那さんに、もう一度プロポーズしてもらおっか? ね、カナデ君良いでしょ?」


 ──なっ!?


 バレてる!? トゥナ、よりにもよってこのタイミングで……。


「カナデさんが居るんですか!?」

「カナデ様が居るんですか!?」


 多分、ハーモニーとティア、二人の手によって襖が勢いよく開けられた音がする。

 これは隠れ切ることは出来ないだろう……。流石に出て行かないと不味いな。


 寝ていた俺は、コタツに座り三人に向け笑顔を作った。


「ははは……。居たりして」


 結局俺は、この後心の準備がなされないまま、全員に二度目のプロポーズを行うこととなった。

 前準備の無かったプロポーズはそれはまた酷いもので……。


 そして俺は盗み聞きについて怒られ、プロポーズにダメ出しをされ、意気消沈するのであった。

 ただそれでも、三人の笑顔を見ると悪い気がしないから不思議なものだ。

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