432話 ぶじん

「して小僧、刀とやらはほぼ完成じゃが、決戦にはいつ頃向かうのじゃ?」


 俺だけではなく、トゥナやハーモニー、ティアも交えてシンシと話をしていると、ガイアのおっさんが今後の予定を尋ねてきた。


「早ければ明日、明後日にはここを立つつもりではいるけど」


 戦争がいつ始まるかも分からないし、きっとミコが腹を空かせながら寂しがってる。

 なるべくなら早く出発しないとな?


「そうか。つもりつもる話もあるじゃろう、今日のところは帰れ。足らずまいはワシが準備する」


「え? でも、おっさんは刀についてはあまり知らないだろ。俺が居た方が……」


「なに、見本はそこにある。細工の技術ならぬしにも負ける気はせん。大船に乗ったつもりで任せんかい」


 ガイアのおっさん親指を立て、俺が以前打った刀を指差した。

 

 確かに、俺も鞘や鍔を作るのは専門外だけど、せっかくここまで作ったんだ、途中で放り出す訳には……。


「最後まで仕上げたい気持ちは分かるが、ここいらでワシらにも活躍の場をくれやしないか?」


 何言ってるんだよ、今までだって大活躍してくれたじゃないか。

 そう反論しようとすると、誰かが俺の服を引く。


 振り替えると、その犯人はハーモニーだった。

 ハーモニーだけじゃない、トゥナやティアも口には出さないが「お言葉に甘えなさい」っと顔に書いてあるようだ。


「おぬしにはこの先、大仕事が待っておるんじゃ。ワシらが最後に出来るのはこれぐらい、少しは花を持たせい」


「そうですよ師匠と俺に任せてください。今日ぐらい、家族団欒を楽しんでも、罰はあたりませんぜ!」


 どうやら、俺以外の皆の気持ちはひとつのようだな。

 これは、お言葉に甘えない訳にもいかないか。


「うむ、採寸はすんだ。シンシの小僧も一緒に帰るんじゃろ? こやつも一緒につれて帰ってやれ」


 おっさんは打ちたての刀を布で巻き、それを差し出してきた。


「あぁすまない。二人とも、後はまかせたぞ!」


 俺はそれを受け取る。

 

 多少なり、後ろ髪を引かれるが……。


 右を見ても、左を見ても笑顔が溢れていた。

 この笑顔を曇らせたくないな、今は幸せを噛み締めることにさせてもらおうか。


 俺はシンシの手を取り、トゥナ達との共に家へと戻ることにした。

 終わりの為じゃない、次の始まりに繋がる束の間の休息を楽しむために……。


◇ ◇


「──おはよう二人とも、昨日はすまなかった、任せっきりにしてしまって……」


 翌日の早朝、俺は身支度を整えた後、鍛冶場へと足を運んだ。

 すると寝ずに作業してくれたのだろう、目の下にはクマを作った二人が迎えてくれた。


「なに、気にするでない。どうじゃ、少しはゆっくり出来たか?」


「あぁ、お陰様で」


 皆で色んな事を話し、食事を取り。風呂に入っては……まぁ、色々あったが。

 全部全部、普通の事で……。それが毎日続いてほしいと切実に願う。


 昨晩の事を思い出していると、オルデカが「鍔に柄、鞘も出来てますよ」と、テーブルの上に置かれていた白の布を避けた。

 

 たった一晩でこんなに立派な物を!?  


 そこにあったのは、月をモチーフに大きな透かしの入った鍔。

 柄はほおで作られており、鞘は黒を貴重に、所々に青貝を使ったような、きらびやかな雲が浮かんでいた。


「見入るのはすべてが終わった後じゃ、早く銘を刻まんかい」


「あ、あぁ。任せろ!」


 皆が見守る中、俺は持ち出した刀を銘切り台に固定し、銘切りたがねと、専用の小槌を構えた。


 そして、自身の名を刀に刻む──。


「──ふぅ、出来た。この刀を無刃ぶじんと名付ける。刃を持た無くとも、この刀で武人さながら戦えると証明する。名は、その決意の現れだ!」


 刻み終えた後、鍔と柄をはめ目釘で固定し、柄糸を巻いて鞘のなかへと納めた。


 これで無刃は、本当の意味で完成だ。


「ぴったりだ、二人とも流石だな。ありがとう!」


 安堵の息を漏らし、誇らしそうな顔を見せるガイアのおっさんとオルデカ。

 この二人とまた一緒に仕事がしたい、俺は心からそう思えた。


「早速、素振りをさせてもらうよ」


 無刃を手に外に向かうと、皆がこぞって後をついてくる。


 外に出るや否や、俺は周囲を確認し無刃を構えた。

 そして待ちきれないと言わんばかりに、俺は抜刀を行う──。

 

 一瞬、空気を切る音が耳に響く……。


 長さ、重さ、重心。すべてにおいて、俺自身に合わせた俺だけの刀、今までより早く、歴然に重い一振りだ。


 振り終えた刀を空に掲げ日にさらす。


「こい、シンシ!」


「うん!」


 シンシが無刃に入ると、太陽にかざした刀身が七色に輝き、元の刃の色へと戻った。

 そして鞘に納め、腰に拵える。


「ふぅ、すべての準備は整った。絶対にミコを連れて帰るぞ」


 俺は妥当魔王を掲げ、皆の気持ちと共にゆっくりと歩き出したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る