428話 土置き

「よし──良い出来だ!」


 この時点では、俺が今まで打ってきた刀の中でも一番の手応えだ。

 きっとこの二人のお陰だろう、終始集中し、細部にまで気を回すことが出来た。


「小僧、次はとうとう焼き入れかの?」


「いや、その前にもう一工程残ってる」


 そう、西洋剣の鍛金なら形が出来れば焼き入れをするだろう。

 しかし刀は違う。ここで焼き入れと同じぐらい、大事な作業が残っているのだ。


「ここから手を加える事があるじゃと。一体何をする気なのじゃ?」


「まぁ、見ててくれよ」


 俺はそう言うと、刀を横向きにし、刃を浮かせるように台に固定した。

 そして乳鉢を取り出し、緊張をしつつも中身をすくい、刀に塗ろうと手を伸ばす……。


「──なっ! 折角鍛え上げた物に、何をしておる!?」


 その行動を見てだろう、ガイアのおっさんが凄い剣幕で大声を上げた。

 そして怖い顔で、距離をつめてくる。


 そうか。刀作りの経験がなければ、折角頑張って打った物に、泥をかけ汚しているようにしか見えないもんな。なんて説明するべきか……。


 手を止め、頭を悩ませると、以前に打った刀が目に入った。


「お、おっさん、落ち着いてくれ。今現物を見せて説明するから」


 そう言いながら立ち上がり、俺が過去に打った刀を鞘から引き抜き横にして見せた。


「刃の側面を見てくれ」


 ガイアのおっさんとオルデカは、刃を食い入るように見始める。


「あの、何か見慣れない模様がついて? それに、今作ってるのと違って随分反っているようですが……」


 流石おっさんの弟子、着眼点が良い。まさしくその通りだ。


「今やろうとした作業は、この刃文を生み出す為の工程なんだ」


 特別に配合した土を刃に置く事で、焼き入れの際、厚く塗った部分と薄く塗った部分で模様が変わる、それが刃文の正体なのである。

 ただ模様がつくだけではなく、土の厚みで焼き入れ時の急冷温度に差がつき、金属の材質そのものも変わる、まさしく刀匠秘伝の伝統技法なのである。


「この刃文が刀の魅力の一つ、言わば顔みたいなものなんだ。この子はのたれ刃、あえてゆったりとした曲線を施したんだ。どうだ、凄く優しそうだろ?」


「言われてみれば……鉄の色味が何層も重なりあい、良い顔をしておる。ではその薬の塗り方次第で、模様が変わると言うことじゃな?」


「ご名答。帯刀の一族では主に、代々直刃の刃文で作られている。まぁ、他にも試してはいるけどな。ほらこの刀も見てくれよ! 重花丁子じゅうかちょうじにも挑戦してみたんだ。丁子の花が重なってるように見えて、これがまた綺麗なんだ……」


 俺達は、次々と刀の刃文を堪能していった。


 刃に秘められた、伝統と技の魔力に当てられたのだろう。

 俺とおっさんは刀の色味、刃文、形などをを絶賛しつつも、鼻息を荒くして食い入るように刀を見つめていた。

 例えるならそう。学校にエロ本を持ち込み集まる男子生徒、そんな感じだろう……。


「──ゴホッ! ゴホゴホ!!」


 しかし、そう言った時間は長くは続かない。

 何故なら刃文にも種類があるように、人の心も千差万別せんさばんべつ

 真面目なタイプもいるし、もちろん性別も違えば考え方そのものも違うのだ。


「御二方、後ろの姉さん方がその刀って言うのに嫉妬する前に、早く作業を続けた方が良いんじゃないですかい?」


「何を言ってるんだよオルデカさん、いくらなんでも……」


 言葉を言いかける最中、背中に突き刺すような視線を感じた。

 俺は刀を鞘に収め、悪寒のする方へゆっくりと振り向いた──。


「ハーモニーさん? その手の中にあるユグドラシルは、なんなのかな?」


 今まで幾度となく……は、言いすぎだが、過去に俺の血を吸った刃が、ハーモニーの手元でギラリと光っていた。


 嘘だろ、まさか刀に嫉妬してなんかいないよな……?


 その発想は、いくらなんでも自惚かもしれない。

 しかしつい、恐怖から視線をそらしてしまう情けない俺。

 その先では偶然だろう、ガイアのおっさんと目があった……。そして互いに黙ったまま頷く──。


「おほん、これで分かってくれたよな! 今からやる作業は修正がきかない大事な部分なんだ!!」


 俺は咄嗟に、あくまでも説明していた……っと言うていを装った 。


 これでヘイトを、少しでも彼等に向けさせることが出来れば、罪? が、軽くなるはずだ……。


「小僧、そんな大事な場面で刃文とやらにうつつを抜かすとは何事じゃ、集中力せんかい!!」


「──ず、ずるいぞおっさん!! 自分の事を棚において!」


 きっと、同じことを考えていたのだろう。

 共犯者であるおっさんが、俺に説教した事により思惑は失敗してしまったのだ。

 周囲の厳しい視線が、針のように刺さる……。


「ま、まぁ、ちょっとした息抜きだよ……。見てろよ──今から本気出すから!!」

 

 持っていた刀を片付け、俺は情けない捨て台詞を残し作業へと戻った。

 良い感じに緊張も解れた俺は、刃に焼刃土やきばつちで化粧を施し始めたのであった……。

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