429話 土置き2

 まず、全体に薄く土を置いていく、その後、下書きするように刃文の形に土を置き、峰側に重ねて土を置く。

 イメージとしては、刃になる部分には薄く、それ以外は厚く土を置いてい感じだ──。


「予定通りに置けた……後は運を天に任せるのみだな」


 土置き後の刀を眺めると、刀身から湯気が上がっている。

 まるで早く刀になりたいと、急かされているようだ。


 端から見たら地味だろうが、実に集中を必要とする緊張感がある作業だった。


 流れ出た汗を手で拭うと、そんな俺を、共に刀をここまで仕上げた二人がじっと見つめていた。


「待たせたな、乾燥後とうとう焼き入れだ!」


 ガイアのおっさんとオルデカから、安堵の息が漏れた。

 彼らも、作業に真剣に向き合ってくれていた証拠だ。


 窓の外を見上げると、ほぼ真上に雲越の太陽が見える。

 このままなら、夜には焼き入れをする事が出来そうだ。


「なぁガイアのおっさん。本当に、シンシを蘇らすことが出来るかな?」


 ずっと、ずっと不安に思ってた。

 事前に聞かされてる話だと、この先の工程で精霊が宿るらしいけど……。


「正直出来る! っとは約束は出来ぬの。特に今回は、部の悪い賭け事のようなものじゃ」


 準備は整えた。しかしそれで、シンシが甦る保証はない。

 それどころかガイアのおっさんの話では、精霊が武器に宿る事ですら、十%満たないらしい。


「──しかしじゃ、共に打ってぬしの刀とやらに携わる心構え、シンシとやらを思う気持ちは良くわかった。わしは報われると、信じておる」


「おっさん……」


 そうだよな……。弱気になっていても仕方がないじゃないか。

 前を向いて信じろ、シンシは必ず俺達の前に現れると。

 それに作業は終わったわけじゃない、立ち止まってる暇など無いのだから──。


「ありがとう、二人ともここまで手伝ってくれて。乾くまでしばらくかかる、少し休んでくれ」


「わしらだけか? ぬしはどうするのじゃ?」


「食事だけ済ませて、焼き入れの準備をするよ。日の入り前にやるから、二人はゆっくり休憩してきてくれ」


 それだけ言うと、俺は立ち上がり鍛冶場を後にした。

 これが見せ場の直前、最後の休憩だ──。


◇ ◇


「──小僧、もう来ておったのか?」


 食事を済ませたあと、居ても立っても居られずに俺はすぐ鍛冶場に戻った。

 あれから、一時間も経っていないだろう。


 俺が乾燥、焼き入れを待つだけの、作りかけている刀を見つめていたら、背後から渋めの声が聞こえた。


「ガイアのおっさん? ずいぶん早いじゃないか。きっと貴方と同じさ、待ちきれなくて……ついな」


 しばらく沈黙が訪れた。


 きっとおっさんも同じだ。

 目の前の見事な一振りに誇りを感じ、今回成し遂げた仕事に酔いしれているのだろう。

 

「とうとうこの時が来たんだな……。これなら、無銘を越える事も不可能じゃない。そんな気がするんだ」


 それはつまり、ずっと目標にしていたじいちゃんを越えると言うことだ。

 そう考えると今までの事を思いだし、感傷に浸ってしまうのも無理はないよな?


「──頃合いになったらわしが炉の火をくべよう。焼き入れ用の水の準備もあるじゃろ? それはわしじゃ、準備できぬからの」


 親指を立て、珍しく笑顔を見せるおっさん。

 俺を一人残し、準備のためその場を後にした。

 もしかしたら、おっさんなりに俺に気を使ってくれたのだろうか?


「ありがとう、助かるよ」


 この後も俺は、しばらく作りかけの刀を見つめた。


 打倒じいちゃん、シンシの復活。

 魔王討伐の要に、ミコを救いだす為の一振りになる刀。


 今回の作業は人生の……。いや、全世界のターニングポイントになる。

 プレッシャーが……精神的な重圧が、俺の手を震わせていた。

 

『でも負けられない──俺の大切を守るために!!』っと、必死に心を奮い立たせて。


 俺は両手で自らの頬を叩き「よし──やるか!!」っと、気合いを入れ直し、次の作業の準備を開始するのであった。




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