422話 閃き

「驚いたわ……カナデ君の秘策、まさか手も足も出ないなんて」


 ランプに収まっているロウソクの明かりだけで、周囲が薄暗く視界が良好とは言えない。

 しかしそんな中、俺はトゥナに真剣を用いての特訓に付き合ってもらっていた。


「どうだ? これなら奴の早さにも食らいつけると思うんだが」


 実際の戦闘とは、多くの条件が違うだろう。

 それでも俺は、少なからず手応えを感じていた。


 事実、特定条件の下で、俺は彼女の攻撃を一度たりとも受ける事は無かったのだ。


「凄いと思うわ。どれだけ打ち込んでも、私はカナデ君に一撃を入れれる気がしなかった……。ただ──」


 彼女の言わんとする事は、何となく分かっていた。


「まだ、あの人を相手取るには足りないと思うの。何よりカナデ君の右目側……。死角を狙われらたら、どんな技を使おうと……」


 そう、片目を失ったことは戦闘に置いても当然不利にも働く。

 相手がコチラの弱点を知っているのであれば、当然そこを突かれるだろう。

 

「だよな……どうしたものかな?」


 誰に言う訳でも無く、独り言のように呟いた。


 間違いなく、この技は鎮と俺の力量差を埋める事には一役買うだろう。

 しかし対等にはほど足りない……。


「悩んでても仕方がないか。それでも今はこれしか手は無いんだ、トゥナもう一度頼む!」


 俺達はその後も、何度も何度も必死に刃を重ねた。

 今はただ、刀を一心不乱に抜き続ける事で未来を切り開けると信じて。


「ハァハァ……」


 どれほど時が立ったのだろうか?

 息が上がり、服は汗を吸い重く感じる。

 自分でも気づいていた。不安を誤魔化すため、自らを騙し騙しに奮い立たせていると……。


 しかしそんな時だ。突然、トゥナが膝を地面につけたのだ。

 余裕のない俺は、彼女の体調が本調子で無いことを完全に失念していた──。


「大丈夫か!? すまない、無理をさせすぎた……」


 真剣を使った長時間の訓練。彼女の身体に負担がかからない訳がない。

 俺は、いまだ立てずにいるトゥナに向かい手を差し伸べた。


「大丈夫。私はハーモニーみたいにご飯が上手に作れないし、ティアさんみたいにカナデ君をサポートをする事が出来ないから……。だから役に立ててる今が、とても嬉しいの」


 トゥナと目が合い握った手を引くと、強すぎたのだろうか? 彼女は俺の胸の中に納まる形で抱き着いてきた。

 離された手は、いつしか背中へと回されている……。


「あ、あの……トゥナさん?」


 きっと特訓をしていたせいだろう、自分の心臓の鼓動が跳ねてるかのようだ。

 密着しているトゥナに、音が聞こえてしまいそうだ……。それに──。


「凄く柔らかい。それに良い香りだななんて、口が裂けても……」


「カナデ君、声に出てるわよ?」


 しまった! っと思った時には時すでに遅し。

 きっと照れ隠しなのだろう。ドスッ! っと、トゥナの拳が俺の腹へとめり込んだ。


「痛い! って、思ったより痛くない?」


 痛いには痛いのだが、全然我慢できる痛みだった。

 トゥナの力なら、もっと重い一撃を入れられてもおかしくないのに……手加減してくれた?


「──いや、そうじゃない。そうか、この手が」


 咄嗟の閃きで、つい声に漏れた。

 それを聞いたトゥナは「え、何の事?」と、尋ねて来たのだ。

 彼女に説明しようと、俺が口を開きかけた時、抱き着いたままのトゥナが何かに気付いた様に、突然そっぽを向いた。


「空が明るい? 日が登って来たのかしら」


 本当だ。今までずっと光を遮っていた雲が、若干薄れて。 

 もしかしたら、鎮が約束を守って争いを控えているからなのか。


「……って朝帰りじゃないか、これってまずくないよな」


「え、朝に帰ると何か都合が悪いの?」


 穢れの無い瞳で、真っすぐ俺の顔を覗き込む。

 純粋な彼女に、俺の言う朝帰りの意味を説明することが出来ようか……イヤ、出来まい。


「え~っとだな、朝帰りっては……」


 この後、言葉を選びながらも、何とかトゥナに説明する事に成功したのだが。


 この後きっと、自宅で待ち構えているハーモニーとティアに散々お説教を受けることになるのは、言うまでも無いだろうな……。

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