420話 夜の散歩

「ごちそうさま」


 シンシ打ち始めた初日の夜。火炉の火を落とした俺達は、心身共に休めるため家に戻った。

 その後しばらくし日も落ち、ハーモニーが作ってくれた夕食を頂いていたのだが。


「カナデさん、浮かない顔ですね~。晩御飯、お口に合いませんでしたか?」


 完食し、手を合わせて頭を下げる俺に、声がかかる。


「いやそうじゃないよ。ありがとう、すごく美味しかった」


 まったく、人の事をよく見てるよ。


 美味しかった。間違いなくハーモニーが作る食事は美味しかったのだが……。

 何か作業をしていないと、悪い事を色々思い出したり考えてしまうだけなのだ。


「さて、少し出てくる」


 食べ終えた食器を持ち、片づけをしながら出かけようとした時だ。


「カナデ様、こんな遅い時間にお出かけですか? 何かお悩み事でも……」っと、ティアが俺の心中を見透かすように問いかけて来た。


「いや、大丈夫。少し腹ごなしに散歩に出るだけだから」


 それだけ言うとふすまを開け、流し台へと向かい食器を置く。


「カナデさん。後で私達が洗っておくので、そのままにしておいてください」


「そうか? ありがとう。それじゃ、行ってくる」


 ハーモニーとティア。二人が俺を心配してくれる気持ちに、ここは甘えるとしよう。

 戻ってきた時に笑顔を見せれるように──。



「うぅー寒。しまった、明かりを忘れた……。まぁ、歩く程度なら何とか見えるか?」


 外に出た俺は、歩きながらも火照った体を震わせ息を吐いた。

 暗い空に昇る白い息を目で追うと、広がる水蒸気の右側半分が、欠けている事に気付く。


「右が見えない……か。思ってたよりキツイな」


 右目を失ってから、違和感は常にあった。

 シンシを打ってた時までは、それに気にする余裕も無かったけど、打ち損じたあの時……。


「──って、本当にきついのはこんなんじゃないか。まったく、度々問題が起きるな」


 父親の顔が……鎮の顔が脳裏にチラつく。

 やるせない気持ちをごまかす様に、俺は頭を掻いていた。


 何気ない散歩のつもりだった。しかし気付くと、目の前には巨大な煙突のある明かりの着いていない建物が見えた。


「つい来ちゃったな。せっかくだ、寄ってくか?」


 扉を開けると、中は真っ暗だ。


「流石にここも、夜は冷えるな。明かり、明かりは……」


 入口の脇にあるテーブル、その上に置いた火打石を使い、蝋燭の火を着ける事にした。


「つい足を運んじゃったけど、何しに来たんだろうな。でもまぁ、落ち着くな……」


 一本のロウソクの灯りが室内を照らし出す。


 自宅が安らげない訳ではないけど、今だけは鍛治場しょくばが一番落ち着くかもな。

 鉄の臭いや炭が焼けた臭いが、自然と思考を刀へと運ばせるから、ただ……。


「思ったより作業、進まなかったな」


 作業の進みの遅さが、俺に焦りを感じさせる。

 せっかく来たんだ、少しぐらいなら作業を進めても……。


 手を伸ばし、不意に小槌に手を振れた。

 すると、今は止めろと言わんばかりに、魔力を奪われたのだ。


「って、魔力を不要に消費するんだった……。一人で作業しても効率が悪いか」


 魔力切れで明日作業できなくなれば、元も子もない。参ったな、手持ち無沙汰だ。


 そうだ、片付けでもしようか?


 地面に転がっている、ミスリンの脱け殻を見てそう思った時だった。


『大……かしら……だわ』っと、鍛治場の入り口の方から声が聞こえた気がした。


「──誰だ!?」


 俺は咄嗟に、近くに立て掛けてあった自分が作った刀掴む。

 そして警戒のため、抜刀の構えを取ったのだった──。

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