420話 夜の散歩
「ごちそうさま」
シンシ打ち始めた初日の夜。火炉の火を落とした俺達は、心身共に休めるため家に戻った。
その後しばらくし日も落ち、ハーモニーが作ってくれた夕食を頂いていたのだが。
「カナデさん、浮かない顔ですね~。晩御飯、お口に合いませんでしたか?」
完食し、手を合わせて頭を下げる俺に、声がかかる。
「いやそうじゃないよ。ありがとう、すごく美味しかった」
まったく、人の事をよく見てるよ。
美味しかった。間違いなくハーモニーが作る食事は美味しかったのだが……。
何か作業をしていないと、悪い事を色々思い出したり考えてしまうだけなのだ。
「さて、少し出てくる」
食べ終えた食器を持ち、片づけをしながら出かけようとした時だ。
「カナデ様、こんな遅い時間にお出かけですか? 何かお悩み事でも……」っと、ティアが俺の心中を見透かすように問いかけて来た。
「いや、大丈夫。少し腹ごなしに散歩に出るだけだから」
それだけ言うと
「カナデさん。後で私達が洗っておくので、そのままにしておいてください」
「そうか? ありがとう。それじゃ、行ってくる」
ハーモニーとティア。二人が俺を心配してくれる気持ちに、ここは甘えるとしよう。
戻ってきた時に笑顔を見せれるように──。
◇
「うぅー寒。しまった、明かりを忘れた……。まぁ、歩く程度なら何とか見えるか?」
外に出た俺は、歩きながらも火照った体を震わせ息を吐いた。
暗い空に昇る白い息を目で追うと、広がる水蒸気の右側半分が、欠けている事に気付く。
「右が見えない……か。思ってたよりキツイな」
右目を失ってから、違和感は常にあった。
シンシを打ってた時までは、それに気にする余裕も無かったけど、打ち損じたあの時……。
「──って、本当にきついのはこんなんじゃないか。まったく、度々問題が起きるな」
父親の顔が……鎮の顔が脳裏にチラつく。
やるせない気持ちをごまかす様に、俺は頭を掻いていた。
何気ない散歩のつもりだった。しかし気付くと、目の前には巨大な煙突のある明かりの着いていない建物が見えた。
「つい来ちゃったな。せっかくだ、寄ってくか?」
扉を開けると、中は真っ暗だ。
「流石にここも、夜は冷えるな。明かり、明かりは……」
入口の脇にあるテーブル、その上に置いた火打石を使い、蝋燭の火を着ける事にした。
「つい足を運んじゃったけど、何しに来たんだろうな。でもまぁ、落ち着くな……」
一本のロウソクの灯りが室内を照らし出す。
自宅が安らげない訳ではないけど、今だけは
鉄の臭いや炭が焼けた臭いが、自然と思考を刀へと運ばせるから、ただ……。
「思ったより作業、進まなかったな」
作業の進みの遅さが、俺に焦りを感じさせる。
せっかく来たんだ、少しぐらいなら作業を進めても……。
手を伸ばし、不意に小槌に手を振れた。
すると、今は止めろと言わんばかりに、魔力を奪われたのだ。
「って、魔力を不要に消費するんだった……。一人で作業しても効率が悪いか」
魔力切れで明日作業できなくなれば、元も子もない。参ったな、手持ち無沙汰だ。
そうだ、片付けでもしようか?
地面に転がっている、ミスリンの脱け殻を見てそう思った時だった。
『大……かしら……だわ』っと、鍛治場の入り口の方から声が聞こえた気がした。
「──誰だ!?」
俺は咄嗟に、近くに立て掛けてあった自分が作った刀掴む。
そして警戒のため、抜刀の構えを取ったのだった──。
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