第389話 得体のしれない
「──ってあのボート、なんて速度なんだ!?」
俺達の前を横切って行ったエースケ、シータが乗るボートと、ビーキチ、ディランの乗るボートは、速度をどんどんと上げて行く。
船首は持ち上がり、スワンの顔は空を見上げる。
波に当たる度に船底は宙に舞い、さながら水面から飛び立とうとしているスワンのようにも見えなくはない……。
「どうだいどうだい、パワーとパワー、さらなるパワーとパワーが生み出す推進力は!」
「なんていうか……凄いですね」
「そうだろそうだろ!」
目を閉じただけで想像がつく。
ピッチピチのTシャツに袖を通した屈強な男どもが、とても良い顔で必死にペダルを漕いでいる姿が……。
想像しただけで、過去のトラウマと共に胃から何かが湧き出てきそうだ。
どうやらそれも、俺だけではいらしい。
船長、満足そうなところ悪いが、ボートからビーキチとシータが顔を出して仲間に背中をさすられてるぞ……。
右を見れば筋肉、左を見れば筋肉、ろくに風景も楽しめず、あれだけ跳ねれば無理もない。
「カナデちゃん、分かったわ。さっきの海鳥は、漂流している救助者を探して居るのよ」
なるほど。
確かに、一羽の海鳥の真下まで行くと一艇のボートが動きを止めた。
そして遭難者が、ボートへ引き上げられているみたいだ。
すぐ隣で、未だに海に向かい餌を巻いて居るものも居るが……。
「み、見てられないな……」
「えぇ、漂流してた怖かったでしょうに……。後で私が、心のケアをしてあげなきゃね」
いや、そうじゃない。って言うかやめてやれ。
お前らはどれだけ、彼等にトラウマを植え付ける気なんだ。
きっと、救助者は救助後も生きた心地はしないだろう。それでも着々と、無事に助けられていく。
普段は空から魚を見つけ捕らえ食事にする鳥達だ。数さえ居れば、人ほどの大きさなら、すぐに見つける事も出来るだろう。
「この様子なら、ここは任せても良さそうですね」
「カナデ君、本当に行くつもりなのかい? この先に何が居るか、君も知らないわけではにのだろ?」
ソインさんの心配そうな様子を見ると、ハッキリとは言わないが魔王の存在を指しているのだろう。
「御心配おかけします。でも、分かってるうえで来たので。ミコ、頼むよ」
「わかったカナ!」
無銘から飛び出したミコは魔力を練ると、光り輝く一羽の鳥を空へと放った。
「──私達も! この船を安全な海域まで連れていったら、改めてグローリアへと向かう……。カナデ君、くれぐれも無茶はしないでくれ」
世界的にも、恐怖の代名詞である魔王が目的に居るって言うんだ。心配しないはずもない。
それでも止めはしないところを見ると彼女も分かっているのだろう。この状況でトゥナを連れ戻すことが出来るのは、俺しかいないと。
「それは、あの姫さんに言ってやってください。絶対に連れて帰ってくるので」
暗雲を引き裂き、雲の切れ間から差し込む光とともにククルカンが神々しく姿を現した。
彼の手に縛ってあったロープを、俺は握りしめる。
「──なぁ戦友よ! 今更だが、君はいったい何者なんだ?」
笑顔をほとんど絶やすことなく、筋肉一つで何もかも解決しそうな男が今までになく真剣な顔で俺を見つめた。
龍神を呼び出し移動手段として利用しているんだ、はたから見たら、当然普通じゃない。
でも無性に嫌だった。
彼らが俺を見る目が変わり……距離を置かれる事を。
「俺はただの、貴方達の仲間です。優柔不断で、根少し臆病者のね」
戯ける見せた俺の足が、オールアウト号から離れる。
船長はおやびんは、下がるどころか俺に近づいてきた。そして──。
「気をつけるんだぞ、友よ!」
「無事に帰ってきてね~、カナデちゃん!」
っと、得体の知れない存在である俺を暖かく見送ってくれたのだ。
「あぁ。どこかで必ず、また会おうな!」
ったく、二人ともなんて顔してるんだよ。
船の上では、まるで今生の別れの様に船長とおやびんはボロボロと涙している。
オールアウト号から距離が離れ、そんな二人の姿はいつしか見えなくなるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます