第382話 最悪

 家の外にでると、村人達は騒然としていた。

 逃げ惑うもの者、その場に崩れ落ちる者。

 そして「もうダメだと」泣き叫ぶ者……。


 普段は前向きな、ここの村人がこれだけ取り乱す……一目見ただけで余程の緊急事態なのは飲み込めた──。


「何があった!?」


 俺の問いかけに返事はない。

 それどころか誰一人、聞いている余裕がないみたいだ。


 すると、ティアが俺の服を引き、南の空を指差した。

「カナデ様、空です!!」っと……。


 言われるがまま、俺は空を見上げる。

 曇天の中、僅かな日の光を遮る最悪が、豪然たる姿で羽ばたいていた。


「あ、あれは……あの時の……」


 厄災とも言われ、天災にも引けを取らない絶望……。

 決して人では抗うことの出来ない悪夢が、空を覆っているのだ──。


「くそ、皆退避してくれ! ここは俺が引き止める!」


 その存在とは、すなわち──ドラゴン

 リベラティオに向かう際に越えた山で遭遇した、巨大な龍だ。


「トゥナを助けに行かないといけないのに……あんな化け物、どうしろって言うんだよ!」


 全身の毛穴から汗が吹き出る。


 強くなったとは言え、正直勝てる気が一切しない……。

 ただここで死ぬようなことがあれば、村を……大切な人達をすべてを失ってしまう。

 なら一層の事、最悪だろうが立ち塞がるのみ!!


 俺が抜刀の構えを取り、覚悟を決めたときだ──。


『剣を引けわっぱ、我が名は龍神ククルカン。魔物を統べる神の一柱である』


 頭の中に、重く力強い声が響く……。


「今のは、さっきの声? もしかして目の前の龍が話しかけて来てるのか」


 長生きした魔物は会話が出来る事もある……。

 その理屈なら、これだけの巨体成長しているドラゴンだ。条件を満たしていてもおかしくはない。 


「あの……さっき、連れていってくれるって……?」


『うむ。厄災……主らの言うところの、魔王と言う存在の下へと連れていってやると言ったのだ。奴は世界にとっても危険な存在、黙って見過ごせはしないのでな』


 敵対は……しなくても済みそうか?


 皆にも龍神の念話が聞こえていたのだろう。

 恐怖で手足を震わせながらも、ティアが前に出てきた。


「龍神様、一つお聞かせ願えますでしょうか? 貴方ほどの御方が他者に協力を仰ぐほど、魔王は御強いのでしょうか?」


 自らを神と名乗った龍は腕を組み、空の上で反り返って見せた。


『力比べで我が負けるはずも無い。しかし訳あって手を出すことは出来ぬのだ。三度みたび問おう。わっぱ、主を魔王の下へと運んでやるがどうする?』


「いえ。俺は別に魔王を退治したい訳では……」


『……構わぬ、さして違いなどない』


 違いがない? 交戦は避けられない……っとでも言うことなのだろうか?

 まぁいい、どちらにせよ運んで貰えるのは非常に助かる。


 龍神へと向かい、歩く俺の手を誰かが握る。


「待って下さいカナデさん……信用しても大丈夫なのでしょうか~?」


「大丈夫だろ、龍神さんの方が俺よりも強い……わざわざ騙す意味もないしな」


 ハーモニーの手を振りほどいた。

 正直、目の前の龍神も、魔王も逃げたくなるほどに恐ろしい。

 決心が鈍り動けなくなる前に、俺は歩みを進めた──。


「カナデさん!!」

「カナデ様!!」


「大丈夫。トゥナを連れて戻ってくるから……。じゃぁ、行ってくる!!」


 俺は、龍神の下へと向かいながら手を振った。

 そして差し出された手に乗り、空へと昇って行く──。


「カナデさん、無事に帰って来てくださいね~!」


「カナデ様、いつまでもお待ちしております!」


 別れを惜しみながらも、無情にも仲間達との距離は離れていく。

 

 俺は「必ず帰ってくるから……」っと、何度も何度も、心の中で繰り返し呟くのだった。



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