第372話 ペタンペタン

「ん? この声は……もしかしてララちゃん!?」


 声がした先には可愛らしい少女と、彼女の母親が立っていた。

 そう、今回の目的の一つである当人達だ。


「久しぶりだねララちゃん。それにお母さんも、元気になられたようで」


 良かった……。前に見たより、随分と顔色も良くなってる。

 ララちゃんの表情も明るくなり、元気いっぱいって感じだ。


「こんにちは。あの時は大変お世話になりまして、なんとお礼を申したら……」


「いえ、気にしないでください。ララちゃんのお母さんも随分元気になられたようで──イテテテテ!?」


 挨拶の言葉を言い終えると同時に、耳に激痛が走った!

 犯人は言うまでもない、とても怖い顔をしたハーモニーだ。

 

「カナデさん~? 誰ですかこの方々は。ま~た知らない美人をたぶらかして!!」


「ま、まてハーモニ! 痛い、痛いから! たぶらかしてない、彼女達が前に話した依頼主だから──テテテテ!」


 しかし、俺の言い分は聞いてはもらえ無さそうだ。

「私、女性なんて聞いていませんよ~!?」っと、一向に耳に加わる力が弱まる気配がない……。


 俺に好意を抱いてくれるのは嬉しいが、最近独占欲が凄い。

 薄々気付いては居たが、少し会わなかった歳月の間に、ツンデレ具合が増していないだろうか?


「──あの、お兄さん。この前のお姉さん達は……」


 流石にハーモニーも、会話中の邪魔をするほど野暮では無いようだ。

 俺の耳を掴んでいた手を離し、腕を組みそっぽを向く。


 どうやら今回は、助けられたのは俺の方らしい……。


「あー……痛かった」

 

 取れてない? 取れてないよな俺の耳。

 

 俺は若干心配そうな表情を見せるララちゃんが口にした、先程の質問に答えることにした。 


「えっとね、ララちゃん。お姉さん達は、事情があって少しのあいだ離ればなれなんだ。会えなくてごめんね?」


「……そうなんだ」


 ララちゃんは何かを悩んだ表情でうつむき、顔を上げたかと思うと笑顔で俺の手を両手で取った。

 そしてけがれの無さそうな瞳でこちらを見つめ、ただ一言──


「じゃぁ今がチャンスだね。お兄ちゃん、私の彼氏になって!」


「「……──なっ~!?」」


 ハーモニー共々絶句した。

 

 これは、からかわれているのだろうか? まったく、最近の子はませている……。


 きっとこれは何かの間違いだろう。

 年上にちょっとした憧れを抱いたり、恋に恋するあれに違いない。

 だからハーモニー、バジリスクに負けず劣らずの恐怖の視線を、俺に向けるのを止めようか!?


 そうだ、こんな時は保護者だ!


 俺は助けを求めようとすると、ララちゃんの母は「あらあらー」とおっとりした微笑みを向け、我関せずっと言った雰囲気だった。


「──何ですか何ですか! 私が知らない間にこんな小さな子までその気にさせて~!? カナデさんの浮気者、すけこまし、ロリコン!!」


 ハーモニーのぐるぐるパンチが俺を襲う。

 ララちゃんの手を振りほどき、俺はハーモニーの手を掴んだ。


「イテテテ!? 落ち着けハーモニー。俺はロリコンじゃない! ちゃんと大人の女性が好きだから──!!」


 咄嗟に自身の性癖を暴露することになった。それを聞いてだろう──

 

「あらあら、では私も可能性がありますかね? あ、でも駄目ですよね……未亡人ですし、子供もいますし」


 お綺麗ですし、現役で全然通用しますよ? なんて思ったのは口が裂けても言えない。


「だ、駄目に決まってるじゃないですか! お母さんもとても魅力的です。でも俺には──」


 台詞を言い終わる前だ。

 手を掴んでいたハーモニーが、白い顔をしている。


 俺が先ほど言った、の部分が気になったのだろうか?

 彼女は手を振りほどくと、自分の胸をペタンペタンと触りララちゃんのお母さんを見て比べていたのだ。


「──ってハーモニー!? 泣かなくてもいいじゃないか!!」


 収集がつかなくなっている……ここはもう、男らしく行くしかないだろ?


「落ち着けって、好きなのはハーモニーやトゥナ、ティアだから! 俺はお前達が大切だから!!」


 いったい何を言わされているんだ、俺……。

 その告白に──


「お兄ちゃんに振られちゃったねー」


「そうね、残念ね?」


 っと、話をこじらせたこの二人は、あっけらかんと笑い合っている。

 

 ハーモニーも今の告白で、何とか泣き止んだようだ。

「そこは、私の名前だけにしてくださいよ~」っと、若干の苦情も聞こえたが……。


「──あーオホン!! みなさん。ココが何処かお忘れでしょうか? 茶番なら他所でやってもらいたいのですが」


 一同が声の主に振り替える。


 ウルドさんは満面の笑みで、俺達を温かく見守って……っはいなかったのだ。

 その笑顔と声はとても冷たいもので、見聞きしただけで怒っているのが分かる。


 この後こってり叱られたのは、言うまでもない……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る