第371話 魔物の大移動

「──ご無沙汰しております。エルピスの皆様」


 先程のギルドの職員の代役だろう女性が、挨拶と共にこちらに向かい歩いてきた。


 彼女は確か、ギルドでララちゃんの薬を取り扱いたいと言った職員の……名前はウルドさんだったはず──。


「こんにちは。えーっと、ウルドさんでしたよね? ご無沙汰してます」


 軽い挨拶を済ませると、彼女は俺達に向かいに座る。 


 上の者を連れて来るって言ってたが、この人それなりに偉い人だったのか。

 言われてみれば、あの時も自分の考えで交渉を進めていたな……。

 少なくともあの場で決定権を持つ程に、偉いと言う事なのだろう。

 

「こちらは仲間のハーモニーです。それでこちらが、ギルド職員のウルドさんだよ」


 互いを知っている俺が仲介を済ませ、本題へと移ることにした。


「それで、今回は少し教えてほしいことがありまして」


「──魔物の異変について、ですよね? 先程の彼女からうかがっております」


 どうやら先ほどの職員、まったく話を聞いていなかったと言う訳では無いらしい。


「話が早くて助かります。それで、こちらでは何か情報を掴んでいたりは……?」


 ウルドさんは地図を出し、カウンターに広げる。

 そして俺達が通ってきた塩湖のすぐ近くを、指で示した──。


「皆様は、この町とアウラダの間にあるダンジョンはご存知でしょうか?」


「はい知ってます。ここに来るまでにすでに二度、横切ってますから」


 俺は視線を隣に送り「おかしなところは無かったと思うけど……」と答えると、ハーモニーも頷いた。


「実はですね、不可解なことに私共ギルドでは異例の目撃例がありまして……。随分前から幾度となく、無数の魔物がダンジョンに入っていくのを確認しております。今まで中から外に出てくることはあっても、その逆は例が無かったのですが……」


 魔物達が、ダンジョンの中に入って行く?

 そう言えば、魔物の誕生の地なんて誰かから聞いたっけ。里帰り……って訳じゃないよな。


「それもここのダンジョンだけではなく、全世界の管理されている他のダンジョン全てで、一斉に魔物の奇行が確認されているようです」


「一斉にですか~!? そんな話、今まで聞いたことがありませんね……」


 なるほど、そんなことが。

 だからここ最近、魔物との遭遇が無かったのか。


「何度か調査隊を差し向けましたが、それらは全てグローリアに向けて進んでいると思われます……」


「なっ!? もしかして、グローリアは魔物に──むぐ!?」


 ハーモニーの手は、慌て俺の口を塞いだ。


 そうだ。リベラティオはまだ、グローリアが滅びたことを公開していなかったんだ。


 しかしウルドさんの様子を見ると、聞き返す素振りもなく微笑んでいる。

 彼女、もしかしたらグローリアの事を知っているのかもしれないな。


「私共が、現在知っている情報は以上です。何かしらの参考になられたでしょうか?」


「ありがとうございます。胸のつかえがとれました」


 油断は出来ないが、それなら帰り道も平和に済むだろう。

 ただ、どうしてそんなことになっているかが問題だ……。


 もしかしたら、魔族がまた何かを企んで?

 十分考えられる、嫌な予感しかしないな。


 まぁここで考えても仕方がないか。

 ティアはこの事を知らないかもしれない、一応伝鳥で連絡を入れておこう。


 そうだ、折角ウルドさんが目の前に居る。

 ついでにララ達の様子を、確認しておこうか?


「ウルドさん。それともうひとつ、お聞きしたいことが……」


 俺がララちゃん一家について聞こうとした、その時だった──。


「お兄さん! お兄さんじゃないですか!?」


 ──いつぞやに聞いた懐かしい少女の声が、俺の耳に届いたのだった。

 

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