第368話 即席、孫カレー

「カレーですか? 聞きなれない名前ですね」


 この世界に来て、一度もお目にかかれて無かったからな。

 そうじゃないかと思ったんだ。


「正式にはチキンカレーだけどな。俺の住んでた所では皆に愛されてた料理で、家庭の味ってのが存在するほどなんだ」


 ま、普段は市販のルーを使うんだけど。

 流石にこの世界にはそんなのがあるわけも無く、スパイスから作り上げないといけない。


「まずは、鳥肉、野菜を事前に切っておく」


 物珍しい料理のためだろうか? 俺の手元をハーモニーが食い入るように見ている。

 そして独り言だろう──


「将来的にはカナデさんの奥さんになるんです。家庭の味ぐらい再現出来ないと!」


 っと、呟くのではなく割とガッツリと聞こえてきた。

 ちょくちょく上目遣いでアピールしているが、独り言のはずだ……。

 でなければ、少々愛が重い。


「おほん! 切った鳥肉を入れ物に、そしてクミン、コリアンダーを少量振り……本当ならヨーグルトが良いんだけど、流石に持ち合わせが無いから代わりに蜂蜜を入れて、しっかりと手もみしておく」


「どうして肉に蜂蜜を塗ったんや、甘くしたいんか?」


「いや、隠し味にもなるだけじゃなく、タンパク質分解酵素って言ってな? 蜂蜜には肉とかを柔らかくする力があるんだ。今回使うタマネギなんかにも入っているぞ。それで、漬けておいたものがコチラ」


 旅立ち前に準備しておいた肉を取り出す。

 実の所、生野菜ストックもかなりある。しかしハーモニーたっての要望で、目の前で調理しているのだ。


「なんていうか……今更ですがカナデさん、若いのにえらい所帯じみてますね~」


「はっは、自分でも思うよ」


 でも、そんな自分が嫌いじゃない。

 作ったものを食べてもらって笑顔にさせる。その喜びを俺は知っているからな。


「そしてニンニク、ショウガをすりおろしておく」


「カナデ、こっちの方が手際が良いカナ……。いっその事、料理人になればいいと思うシ。味見ならボクがいつでもするカナ!」


「自分が味見したいだけだろ? さて、本格的に調理開始だ。まず、フライパンに少し多めの油を引き、先ほど切った玉ねぎを強火で炒める」


 他の料理にも言える事だが、カレーは調理法や味付け、スパイスの種類など無限の組み合わせが存在する。

 さて、今回はどうしようか……。


「──兄さん兄さん! なんか、偉い色が変わってきてるけどええんか?」


「これはわざとだよ、少しコゲ色が付いたら、少量の水を入れる。そして、水分が飛ぶぐらいまた炒めると、飴色になるんだ。それに、ニンニク生姜を加えてっと──」


「飴色ですか?」


「透き通った光沢のある茶色の事かな。火を加えることで、玉ねぎの辛さが無くなり甘くなるんだ」


 鍛冶でも同じだが、使う相手……今回なら食べる相手を意識する。

 つまり、相手を想い、愛情を注ぐことが一番のスパイスになる訳だ。 


「よし、これぐらいでいいだろう。粗みじんに切ったトマトを入れ、潰しながら水分を飛ばしていく」


 よし、決めた。

 今回はカレー初心者ばかりだからな。少しばかり唐辛子を減らして、お子様向けにするか! 本人達には言えないけど。


「ここに残りのスパイス、少量の塩を入れ、さらに火にかける。焦げ付かないように、フライパンのソコ面からそぎ取るようにしっかり混ぜて……」


 スパイスの香りが鼻腔ををくすぐる。

 これが食欲を誘うんだよな……。ミコなんて、さっきから涎が──って、中に入るから!


「メインの鶏肉を入れ、混ぜながら表面に火を通す。そして水を入れて強火でひと煮立ちさせてから、その後弱火でしっかりと煮込む」


 ミコを押し退けながらも、お玉に持ちかえ掻き回す。

 水を入れすぎると後が大変になる。

 少なかったら足すことも出来る、入れすぎ無いのがポイントだ。


「本当は、バターや生クリームなんてあると味の角が取れ、まろやかになるんだけどな……無い物ねだりしても仕方がない。今回は味を確認しながら、塩と砂糖で調えて──後は混ぜながら煮込むのみ!」


 この香りで、ミコだけじゃない。ハーモニーもルームも、煮込み中のカレーに釘付けだ。

 勿論俺も、楽しみで仕方がない。


「さて、完成を待つ間に食器の準備だ。ハーモニー任せたぞ? 俺はちゃちゃっとサラダを作るから」


「はい、任せてください~!」


 最低でも、十五分は焦げ付かないように煮込みたいな。

 ふっふっふ。皆がどんな反応をするか、楽しみだ──。

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