第354話 交渉

「キサラギさん、冗談だろ? 今滅びたって……あのグローリアが?」


 彼女の顔は真剣そのもの。

 今回に限りは、たちの悪い冗談だと思いたかった。


「事実じゃ」


「そんな……嘘じゃないんですね?」


 もしかして、最近のどんよりした天候は、その予兆だったのか……。


 俺達が知らぬ間に、戦争か内乱でもあったのだろうか?

 そうでもなければあの大都市が簡単に滅びる、そんなことがあり得るわけがない。一体、何があって……。


 俺の言いたいことが分かったのだろう──。


「はっきりとした原因は分からぬ。グローリアには密偵を送っていたのじゃ。……そやつらからの最後の連絡が『グローリアが落ちた』との報告での」


 原因がはっきりと分からない?

 ってことは戦争が行われていた訳ではないのか……。


「ちなみにティアよ。ギルドの方ではどうじゃ? 何か連絡ぐらい届いとらんのか?」


「いえ、私の方にはまだ連絡は無いようですね。しかしカナデ様の監視役、ソイン様が突然村を発った理由は、それでないかと……」


 なるほど……そんな大事に、騎士団長である彼女が留守にする訳にもいかない。


「ふむ。リベラティオではまだ公にしとらんか。まあ事が事じゃ。混乱を防ぎ為の情報規制か、あるいはまだ調査の段階と言ったところかの」


 真剣に悩む彼女に、俺は気にかかることを質問した。


「──それでキサラギさん、頼み事って……」


「そうじゃったな。グローリアの正確な情報は無いが、おそらく多くの難民がこちらの大陸に流れてくると予想しておる。その際、この村で受け入れられるようにして欲しいのじゃ」


 難民の受入れって……。


「キサラギさん、ここは大半がハーフの住まう村です。村人はきっと、難民受け入れには納得しないですよ」


 今まで自分たちを虐げていた者達を庇えと言ってる訳だ。

 いや……彼らの今までの扱いを考えれば、虐げるなんて言葉すらも生ぬるい。


「まあ、そうじゃろうな。そこをなんとか堪えて欲しい、と言う話じゃ。報酬を聞けば、主も諦められんと思うぞ?」


 キサラギさんは立ち上がると、着物を翻し自分を指さす。

 そして「──わっちじゃ!」っと、無い胸を目一杯張ったのだった。


「……はい?」


「わっちがここに住む、っと言ったのじゃ。本来ならあり得ぬことじゃぞ?」


 本当、この人は何を言って……。

 流石にこの状況、冗談を言っている場合じゃないだろ?


「──実はの、ティアのほうから端的な話は聞いておる。例のキメラの娘──なんといったかの? ……まあ、その娘の体調を気遣って、リベラティオに置いて来たそうじゃのぅ」


「何ですか急に、それは今関係が……」


「主はやはり、どこか抜けておるのぅ……わっちはあの呪いに対してよく知っておる。この地にわっちが滞在することになればどうじゃ? あの娘も安心して暮らせる土地はこの村ここと言うことにはならんか?」


「……トゥナが、安心して生活できる?」


「うむ。幸い、ここは環境も良い。完治させられるなどとは約束はしてやれんが、少なくとも、他よりは寿命は伸ばしてやれるじゃろうて」


「そうか。キサラギさんが居れば、トゥナを迎え入れる準備が整うんだな……」


 確かに好条件だ。

 そしたら皆で集まって、一緒に食卓が囲める。

 ただそれは交換条件に──村人の気持ちを無視して……。


「……違う」


「ん? どうした。何が違うというのじゃ?」


 トゥナを呼ぶ環境を作る為に、新しいスタートが切れた村人達に、また昔の様な苦痛を味合わせる。


 そんなの──誰が喜ぶって言うんだよ!


「……キサラギさん、すみません。確かに魅力的な話ですが、ここは俺一人の村じゃない……皆の村だから」


「……そうか。いや構わん。この村の事情は分かった上での話じゃからの。念のため改めて確認するが、主の答えは……」


 はっきりと断ろうとすると、誰かが俺の手を握る。

 その犯人はティアだった。彼女は俺の手を引き、両手で包むように握る。


「カナデ様。一度、皆様に相談をなされたらどうでしょうか?」


「相談?」


「はい。報酬は兎も角として、貴方様を慕う彼等なら、あるいはと思いまして」


 そうか、彼らが嫌な思いをすると勝手に決めつけて……。


「そう……だよだな?」


 自分で皆の村って言ったのにな。

 確かにここで俺が勝手に決めるのも、おかしな話だ──。


「キサラギさん、お返事は村の皆に確認をとってからでも?」


「……くく──いや、うむ。そうじゃな。今すぐと言う話でもあるまい。良い返事を期待しとるぞ」


 話はまとまった。

 この後、シバ君に声をかけて村人に集まって貰おう。

 もし受け入れる事になっても、それなりの準備がいるし……。


「──ふふっ、忙しくなりそうですね~。でもカナデさん、朝食を食べてからにしてくださいね~?」


「あぁ、そうだな」


 この後、俺達は食事を再開した。

 今の内容を、偽りなく伝えよう……そう心に決めながら。

 

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