第323話 出発─ソロ─

「──それじゃー皆、しばらく留守番を頼むよ」


 無事に空を飛べることを確認した俺は、単身ミスリルスライムの居る島へと向かうことにした。


 何処から情報を聞き付けたのだろう? いつしか大勢の村人が家の周りに集まっていたのだ──。


「カナデさん……本当に一人でいかれるんですか? 危険です、余り力になれないかもしれませんが、僕も着いて行きます!?」


 中でも、一番の心配性がシバ君だ。

 村人の誰より早く俺の元に駆けつけ、終始こん感じだ。


「流石に馬車は飛べないからな、現地までは連れていけない。そうなると、ずっと待ちぼうけになるだろ? 魔物が出るから、それは流石に危険だよ」


「で、でもそれなりの距離があります! 馬や馬車でも無いと、目的地までどれだけかかるか……」


 まったく、可愛い弟分だよ。

 慕ってくれるのは嬉しいけど、ベッタリも困るな。


「大丈夫だよ、この前レクスバジリスクを倒したろ? あれが切っ掛けで更に人間場馴れしちゃったみたいでな……。馬並みとは言わないが、驚くぐらい早く走れるから」


 奴との模擬戦中、えらく調子が良かったので自分を鑑定してみると、驚く位に各種能力地が上がっていたのだ。

 それどころか、走っても走っても息が切れない……本当不思議な世界だよ、ここは。


「そう……ですか」


 俺が断ると、着いて行くための理由が見当たらなくなったのだろう。

 シバ君は、家に置いていかれる子犬の様にシュンとして見せる。

 流石にその姿には、後ろ髪を引かれるものがあるが……。


 そんな中、今度はティアが俺達の間に割って入る。

 彼女の表情は今にも泣き出してしまいそうにも見えた……。


「カナデ様、くれぐれもお気をつけ下さい。何度も申し上げましたが、無理だけはなさらぬようお願いします」


「分かってるよ、毎度心配かけて悪いな?」


「全くですよ……だからこれは、その罰です」


 ティアは不意に近づき俺に抱き着く。

 それと同時に、甘い香りと、頬には何か柔らかい感触が残った……。


「「「おぉぉぉ~!!」」」


 突然の事で、頭が真っ白になった。

 い、今、キ、キ、キスだったよな!?

 皆が見ているのに心臓の鼓動は大人しくしようとしない……。


「無事に帰って来てください。そしたら、カナデ様がさらにお喜びになられるご褒美を準備しておきますので」


 彼女の潤んだ瞳に吸い込まれる様だ……。

 つい伸びそうになる手を必死で抑え、平然を装う。


「あ~……そ、そう言う事は順序があるし、何よりトゥナとハーモニーの事も……それに皆の目もあるからさ?」


「安心してください、カナデ様が思われているようなエッチな事では御座いませんので。期待を持たせたようで申し訳ございません」


 …………へっ?


「──べ、別に期待とかしてないし!?」


 そこいらからは、今のやり取りを聞いた村人の、笑いを必死に堪える様子がうかがえる。──恥ずかしい! すごく恥ずかしいぞ!!


「あ~……それじゃソインさん、それに皆も、ここは任せたからな?」


「うん、こちらのことは安心して任せて欲しい。君は、君にしかできない事に集中してくれ。……くれぐれも無理だけはしないように」


「……はい!!」


 返事をすると、俺は逃げる様に慌てて振り向き無銘を手にその場を後にする。

 村人達の「行ってらっしゃい」の言葉を背に受けて……。


 井戸を過ぎ宿を抜け、水路にかかるか橋を横断し、畑の隣を横切る。

 ドリアードさんの不思議な力添えもあり、大根、白菜、キャベツ、玉ねぎなども驚くほど早く立派に育っている。


 恵まれているよな……もし俺に何があったとしても、この村は間違いなく大丈夫だ。

 外周の策を超え、村の外に向かおうとした時だった──。


「──噂は聞いた、今から出るのか?」


 出入り口の策の隣に座り、村の外を眺めている男が俺に声を掛ける。

 この前模擬戦を行った、ストーキングキングだ。


「この命知らずめ……もし無事に帰って来なければ、ティアさんは俺様が頂くからな?」


 まったくこいつは、人が少しでも弱気になるとすぐに出てきやがるな……。

 本当、面倒くさい。

 

 気持ちと裏腹に、俺はニヤける口元を手で隠す。


「そうならないように、気を付けるさ。お前も、しっかりと警備の仕事をしてくれよ?」


「言われるまでも無い! ティアさんが居るこの村の平和は、俺様が守る!」


 まったくこいつは、まったく弱音をはかないんだよな? 少しは見習わないと──。


 ストーキングキングに背を向け、手を上げる。

 そして俺は「俺が帰るまでの間頼むぞ、頼りにしてるよ」っと、走りその場を後にしたのだった──。

 

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