第321話 バルログとは

「なぁ、ティア。その依頼書はいったいなんなんだ?」


 彼女が俺に見せつけている依頼書。

 所々破れており、色褪いろあせている……それどころか茶色の染みまで、えらく年期の入った物だ。


「カナデ様が先程おっしゃった通り、これはバルログと言われる魔物の討伐依頼です」


「いや……だからなんで今それを持ち出したか聞きたいんだけど」


 とても嫌な予感がする……この話の最中にそれを見せるって事はつまり──。


「この相手が、その孤島にいます。余談にはなりますが実はこの依頼書。噂ですと、百年以上前から残っている、未達成の物となっております」


 やっぱりか!?

 それにしても、百年以上未達成って……。


「つまりそのバルログは、百年以上冒険者が手に終えない程に強いと?」


「はい……その通りです。これがその、ミスリルスライムを希少としている理由なのです。この魔物、ミスリルスライムを食す偏食家の魔物で、辛うじて生き延びて戻ってきた冒険者の話では体内には業火を宿し、それを鼻腔びこうからブレスとして吐き出す、悪魔のような化け物なのです」


「それは……」


 言葉にならなかった……。


 今までの魔物は大きさこそあったものの、火を吹いたり魔法を使ってきたりがなかったから対応が出来た。

 しかし今回は違う……シンシ復活の為とは言え、流石に相手が悪すぎる。


『カナデ……無理だけはしないで欲しいカナ。きっとシンシも、無理するのを喜ばないシ』


 ミコ……。


 心配は嬉しいが、悪いがその意見は聞いてやれない!

 約束したからな──シンシを……聖剣を打って見せるって!!

 

『本当に……無理だけはしないで欲しいかな』


 大丈夫だよ。いざとなれば無心を使ってこっそり頂けばいいんだ。

 戦うのを前提に行く訳じゃないからな。


「──カナデ様、行かれるのですか……?」


 俺の様子を見ていたティアは、心配そうな表情で俺の甚平の袖を掴む。


「あぁ……シンシを復活させるには他に宛も無いからな? 正直行きたくはないけど、それは俺の役目だと思うから」


 止めても無駄だと思ったのだろう。

 一瞬口を開くものの、袖を掴む手は離れ、諦める様に俺に微笑みかけるだけで、彼女は何も言葉には出さなかった。


「分かりました……ただ、実は問題は他にもありまして」


 ティアは地図を取り出し、広げ、指をさす。


「距離としては目に見えるほどですが、島までの水面が起伏が激しくてですね。船を使った移動は難しいです。最悪、岩場に衝突し沈没する可能性もあるかと。泳いで行かれるとしても、これだけ寒いと……」


「確かに……寒中水泳は遠慮願いたいな」


 困ったぞ。ウェットスーツもない冬の海を横断して、離れの島に向かうって自殺行為だろ?

 それに水の中で魔物と遭遇でもしてみろ……命がいくつあっても足りない。


「──じゃぁ、空を飛べばええんやないか?」


「ルームいつからここに!?」


「少し前からや、話は聞かせてもろうたで?」


 また、なんちゅうタイミング。

 ところで今、なんて言った? 確か空って……。


 【空】の単語を聞き、過去の記憶がフラッシュバックする。


「シャ、シャツは嫌だ、シャツは嫌だ、シャツは嫌だ、シャツは嫌だ、シャツは嫌だ……」


「噂には聞いてたが兄さん……ずいぶん参ってんな?」


 俺に近づき、震える肩を優しく叩くルーム。

 

 二度もあんなことがあったんだ……怯えるのも仕方がないだろ?


「大丈夫や、今回は──シャツやあらへん! 実はな? 新しいアイテムが完成したねん」


「新しい……」


「アイテムですか?」


 俺達が驚く声を聞き、ルームは腰に手を当て、得意そうな顔を浮かべた。


「せや! 兄さん、説明しづらいからウチに着いてき!」


 若干不安は残るものの、俺は彼女に着いていくことにした……。

 アレを着なくて済むなら、多少の不安など取るに足らないからな。



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