第320話 紙一重で間に合ったはず

「生体鉱物とは、生体によって形成される無機化合物の事ですね。代表的な物ですと、真珠パールは貝から、コーラルは珊瑚から、琥珀アンバーは木から……っと言えば分かりやすいでしょうか?」


 ティアの分野で生体鉱物……ってことは、ミスリルはつまり!?

  俺の表情を見て、ティアはニコリと微笑む。


「お気付きになられたようですね。つまりミスリル鉱石とは、とある魔物が作り出す特殊な鉱石なのです」


 そうか……だから彼女が知っているのか。

 

 ティアはページ探すように、図鑑のページを一枚づつめくりながら、説明を始めた──。


「えっと……言うまでも無いですがその魔物。ミスリル鉱石で作った外皮に身を包んでいるため、恐ろしく硬いのが一番の特徴でしょう」


 俺は、真剣にティアの説明に耳を傾ける。


  なるほど。魔物を無傷に、その外皮だけ頂くのは無理そうだな……。


「次に大きさは拳二つ分ほどの個体が多く、どういった原理かは定かではありませんが、地面との摩擦が小さいためか、非常に動きが素早いですね」


 硬くて素早いのか!? これは捕獲も容易では無いぞ。

 流石珍しいと言われる鉱石……侮れない!


「当時は乱獲が進んでおり、現在は特定の場所以外での目撃はありません。ただ運が良いのか悪いのか……この村から東側の海、その少し先の離れた小島にのみ、生息が確認されております」


 そうか、そいつらが居る場所がハッキリしてるなら話は早いな。

 それにしても……乱獲か、物騒な話だ。


「なるほど、やっぱりミスリルはそれほどまでに貴重な鉱石だった……ってことなんだよな?」


「はい、それもそうなのですが、何故かその魔物──退治すると強くなるってもっぱらの噂でして」


 …………おかしい。


 寒いはずなのに、何故か汗が出てきたぞ?

 何て言うか、嫌な予感しかしない──。


「……おいティア、少し待て」


 そんな時だ、神の悪戯なのか? 目的の箇所が見つかったのだろう──ティアのページを捲る手が止まってしまう。

 しかも開いた図鑑の挿し絵には、玉ねぎのような形をした何処かで見たことのある生き物が描かれていたのだ。


「名前を、メタルスラ「──だからちょっとまってって!!」


 俺は大声をあげ、彼女台詞に被せる。

 この先は、言わせてはいけない……何となくそんな気がしたのだ。


 だ、大丈夫だ、きっと紙一重で間に合ったはず。


「カナデ様何ですか……? 急に大声を上げて……」


「名前──その名前は危険な気がするから!」


 つい必死にティアに語りかけた。

 この世界で訴えられることは無い、それが分かっていても、不安を感じたのだ……仕方あるまい。


「時々カナデ様は変なことを気にしますね……分かりました、今回は名称をミスリルスライムとしましょう」


「あぁ……心臓に悪いからそうしてくれ。ところでどうして、居場所は分かってるのに誰も行かないんだ、乱獲されるほどだったんだろ?」


 その質問に対し、ティアは立ち上がる。

 すると勝手口の入り口へと歩きだし、彼女が無断で壁に張っている、ギルドの依頼書の一枚を剥がし、こちらに持ってきた。


 そして、俺の目の前で広げて見せる。

 そこには、こう書かれていた──。


「バルログの……討伐依頼?」


 っと……。


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