第317話 スタートライン

 開拓開始から、何度目の朝を迎えたのだろうか。

 いつしか外気温は下がり、日本で言う所の冬を迎えた。


 そんな中、非常に嬉しいニュースが俺のところに舞い込んできた──なんと、念願であった、鍛治場の完成の知らせが届いたのだ!!


 早朝、まだ霧のでる時刻。

 俺は濃い霧で前が見えないため、シバ君に手を引かれ、村の北側に位置する建物へ案内された。


「シバ君見えないから!? 走ったら危ないって!」


「大丈夫ですよ。僕は見えてるんで!」


 実のところ、自分の言葉とは裏腹に楽しみで胸が高鳴っている。

 いったい、この世界に来てどれ程の時が流れたのだろうか……?


 随分遠回りをしてしまった……。

 それでもやっと、鍛冶にたずさわることが出来るのだ──それが嬉しくないわけがない!!


「さぁカナデさん、着きましたよ!」


 建物に近付き、その全容がハッキリとする──。


 柱は木造、壁は土壁。

 窓などの換気設備は多く、建物から覗かせる立派な煙突が、その存在感を自己主張しているようだ。


 その姿を見た俺は、感動のあまり言葉が出てこなかった。


「──おめでとうございます、カナデさん! 村で初めての鍛治屋が完成ですね!」


「あ、あぁ、ありがとう。これもここに居る皆のお陰だ。俺もこれで、本業に移れそうだよ」

 

 そんな時だ、この建築にたずさわった人達だろうか?

 彼らは皆次々と建物から出てくると、得意気な顔で横並びに整列している。そして──


「「「いつもありがとうございます、村長!!」」」


 っと、示し会わせたように、一同が俺お礼の言葉を口にしたのだ。

 むしろ、こんな立派な鍛冶屋を作ってくれて、どれだけ感謝してもしたり無いぐらいなのに……。


「あぁ、ありがとう皆! じゃぁ早速中を見て良いかな?」


 はやる気持ちが抑えきれない。

 村の職人達に見守られる中、俺は吸い込まれるように建物の中へと足を運んだ。


「作りたての、木のの臭いだ……」


 中を覗くと、決して広いとは言い難いのだが、内部の設備には目を見張るものがある。

 俺の要望を多く取り入れた、機能的設備の数々……。


 そしてそこには、この世界では見ることも無い物が多数存在した。


「驚いた、本当、この短時間で良く準備が出来たな?」


 そのうちの一つ、火床ほど


 ハーモニーのユグドラシルを作った時の炉は、金属を完全に溶かしきる鋳造用の炉。

 煙突つを持つ反射炉と呼ばれる、巨大な焼却炉のようなものだった。


 ──しかし、日本刀で使われる炉は少しばかり違う。


 耐火煉瓦を地面にコの字に並べ、鞴で空気を送り加熱する、火床ほどと呼ばれる炉だ。

 日本刀の製法は鍛造──つまり叩いて伸ばせるだけの、鉄を沸かせる火力。

 そして同時に、火加減を絶妙に管理出来る炉が必要になる……それが火床なのだ。


 しかもこの鍛治場、なんとその両方が備え付けられていた……。


「要望通りの出来だ。いや、それ以上だよ!」


 俺は年甲斐もなく興奮してしまう。


 道具は他にも色々あり、ふいごは手で押したり引いたりする、日本で馴染みのあった、差し鞴。


 金床かなどこも、一般的には複雑な形をイメージするだろうが、ここのは違う。

 日本刀作りで使われる、長方形の平らな金属の塊が、動かぬよう地面にしっかりと埋め込まれ、固定されていた。


 壁には大槌、小槌が何点もあり。

 箸だけでも火箸ひばし平箸ひらばし玉箸たまばし、などがあり、他にも多くの道具が綺麗に陳列されているのだ。


 勿論、金属を掴み固定する万力も備え付けられている。


 そして何より、この世界で特に馴染みがない道具と言えば……このひのきで作られた、焼き入れで使う大きな水槽だろうか?


 もちろん他にも多くの道具がある。そのどれもが、俺の期待に沿う、見事な出来であった。


「この設備なら、いつかじいちゃんを越えることも出来るかも……いや、絶対に出来る!」


 村の皆がこんなにも素晴らしい鍛冶場を作ってくれたんだ。

 結果を出し答えて見せる、それが──粋ってもんだろ!?


 ただ現状、刀のみを作る小鍛冶としての活動は難しそうだな。

 包丁や農具等が需要が多いため、野鍛冶としての活動が主になり、合間を見て刀を打つことになりそうだ。


「それでも、大きな前進であることは間違いないよな?」


 じいちゃん……やっとここまで来たよ。

 遠くない未来、じいちゃんを越えて見せるからな? あの世で期待してくれよ。


 早速、材料と消耗品の確認を始める。


 今日この時──俺は本当の意味で、目標への一歩を踏み出す事が出来たのであった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る