第313話 適任の職員

 俺もよく知っている、ここには居ない筈の女性の姿が見える……。

 若干うるんでいるそんな彼女の瞳から、俺は視線を外すことが出来ずにいた。


 俺は神話の女神、ビーナスを詳しくはしらない。

 しかしきっと、その愛と美の女神にも負けず劣らない美女が、スカートを両の手でたくし上げ、満面の笑みで頭を下げる。


わたくし、ギルド職員をしております──ティアと申します。この度ギルド本部より、此方こちらの村の担当にと命を頂きました。村長様、どうぞお見知りおきを」


 頭を下げているため、顔が見えない。 

 しかしそんな彼女が流しただろう雫が、足下を濡らした……。


 ゆっくりと上げるティアの顔……涙が頬を濡らし、目は赤く染まっている。

 

「久しぶりに会ったのに……なんて顔してるんだよ」


 まったく、笑顔で「ただいま」っで良いじゃないか。

 久しぶりに会った顔が泣き顔なんて……そんなの粋じゃないだろ?


「カナデ様だって……泣いてるじゃないですか」


 ──嘘だろ!?


 俺は慌てながら「べ、別に泣いてないし」と、甚平の袖で目元を拭う。

 濡れてる? どうやらティアにつられて、涙を流していたようだ……そうに違いない!!


「そ、それにしても、どうしてこの村に来たんだよ? そんなこと一言も伝鳥に書いてなかっただろ?」


「カナデ様がビックリされるかな……っと思いまして。それに、私の生い立ちを忘れましたか? 私ほどこの村に適任のギルド職員は、世界中を探しても居ないと自負しておりますが」


「そりゃそうかも知れないけど……」


 彼女がこの村のギルド職員として働く? そりゃ~嬉しいに決まっている。


 でも、それって──。


「ティア来たらトゥナはどうするんだよ? リベラティオの城で、一人っきりになっちゃうだろ?」


 トゥナの事はティアに任せることが出来る。

 そう思ってたから、俺はここまで来たわけで……。


「これは、フォルトゥナ様たっての依頼でもあるのです。実は彼女……いつの間にか騎士団に入隊しておりまして。今は遠征の為、リベラティオを離れて居ます。ソイン様なら、御存知ですよね?」


 後ろを振り替えると、ソインさんにナナさん。

 遠目にシバ君もこちらのようすを見ている。

 つまり、今までのやり取りを見られた──ってそれどころじゃない!?


「ソインさん! それは本当なんですか!?」


「……ああ。私がこうして国を離れてしまったからね。その穴を埋めるようにと、彼女が志願したらしい。実力に関しては申し分ない訳だし、あの子の性格からしたら自然の成り行きかもしれないね」


 なんだよそれ……俺はそんなこと、全然聞いてないぞ。 


「そんなの……本末転倒ですよね!? トゥナの体に負担が掛かると思って、ここに連れてくるのを止めたのに!」


 なんでトゥナの親父さんは止めなかったんだよ!


「騎士団に属している衛生兵は、そこらの医者と比べても優秀だ。信じてやってもいいと思うよ」


「だからって……」


 もしかしたら、また勝手に何処かに行かれるよりは、自分の息のかかった組織にいた方が安心できるって事か?


 でも、よりにもよって騎士団って……。


「申し訳ありません、カナデ様。私が説得できていれば……」


「いや、ティアは何も悪くないよ」


 むしろ、悪いのは俺の方か。

 他にもいくらでもやりようがあったのに、結果我慢させたり、任せきりだったり。


「それと、フォルトゥナ様から言伝てです『カナデ君はきっと、私が無理して怒ると思うの。でも私、少しでも誰かの力になりたいから……。だから……ごめんなさい』っと」


 まったく、トゥナらしいって言えばトゥナらしいな。


 国民の為に頑張る……確かにそれは美談かもしれない。

 でも謝るってことは、それを知った俺達が心配する事を知ってて、その上で実行したってわけだ──。


「ったく……それでも、俺がやるべき事は変わらない!! トゥナの奴、そんなに誰かを助けたいなら、環境が整い次第無理矢理にでも連れてきてここの村人を守ってもらう!! もちろん、その時はたんまり、叱ってやらないとな!!」


 そんな俺のぼやきを聞き、暗い顔をしていたティアに笑顔が戻る。


「迷いがありませんね。カナデ様、しばらく見ない間にまた一回り成長しましたか?」


 そ、そうか? 

 短い間とは言え、濃密な時間を過ごしているからな。

 人として一回りも、二回りも成長しておかしくは……。


「何て言うか、お母さんみたいですね」


「──なんでだよ!」


 その場に居た者が、俺を除き笑い声を上げる。 


 新たにティアと新たな仲間達を迎えた俺達は、皆で笑える未来……それを目指し、今日も開拓に精を出すのであった──。

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